やるじゃねえか
(あれは真理矢の姉貴の装備と一緒、か?)
千晴の想像の通り、牛窪の装備は聖歌隊の装備『聖衣』を悪魔憑き用に改良したものだった。ハカセの提供した千晴たちのデータを元に作成されたものだが、そのことは彼女たちは知らなかった。
「鎧着たからなんだってんだ、今すぐ死ね!」
「焦んなって楽しもうぜ?」
牛窪はもったいつけるようにゆっくりと前進した。人の物とは明らかに違う重量の足音がリングに響く。間合いに入った瞬間、大牙の悪魔憑きは大ぶりの一撃を雄叫びと共に放った。だが、その拳が届くより先に牛窪の拳が大牙の悪魔憑きの顔面にめり込んでいた。肉が潰れる音に、ばきりと何かがへし折れる音。
「ぶガぁっ!?」
「こんなもんか!? 遅せぇなオイ!」
牛窪の前蹴りが大牙の悪魔憑きの腹部にめり込み、その衝撃で大柄な体が数メートル後退した。大きな牙が宙を舞い、千晴の目の前に突き刺さった。鉄板の床を発泡スチロールか何かのように貫く牙だったが、折れてしまっては威圧感もなにもなくなっていた。
回復に努めていた千晴は、ふっと息を漏らし「やるじゃねえか」と呟いた。牛窪はぐいと顔を千晴に向けて、歯を見せて「今ならてめえにも勝てそうだ」と笑った。その笑顔の向こう側で、片牙の折れた悪魔憑きが巨躯に似合わぬ俊敏さで立ちあがった。
「なんで俺を殴る! 俺に殴らせろ! そんですぐ死ね!!」
「すぐに死んだらつまんねえだろ?」
片牙の悪魔憑き獣じみた咆哮をあげ、正面から殴りかかってきた。牛窪は自身の拳で片牙の拳を正面から迎え撃った。悪魔憑き同士の拳が激突し、鉄柵のリングが大きな音を立てて揺れる。常人ならよろけて立っていられないほどの揺れだったが、その場にいた三人は苦も無く立っていた。
「死ね死ね死ね死ねぇええええ!!!」
片牙の悪魔憑きが雄叫び、巨大な拳をやたらめったに振り回す。武も技もない獣じみた攻撃だったが、その乱雑な一撃一撃が、当たれば即死につながる威力があることを牛窪は肌で感じていた。また、その攻撃の不規則さがかえって牛窪のリズムを乱した。型もなければ流れもない、完全にランダムな攻撃が驟雨のごとく降り注ぐ。
捕えづらい攻撃に少しずつ後退していく牛窪だったが、不規則な攻撃の中に隙を見いだし始めた。巨大な拳を己の拳で、頭に生えた悪魔の角で。捌き、弾き、隙を作っては自身の拳を打ち込む。一撃、二撃、三撃。徐々に牛窪の攻撃が当たり始めるが、彼の表情は攻撃が入るごとに、逆に曇って行く。
(……おいおい、全部決めるつもりで打ったんだが)
片牙の悪魔憑きは牛窪の攻撃をものともせずに攻め手を緩めない。こめかみ、顎先、心臓、肝臓、みぞおち、喉。急所に牛窪の拳が突き刺さり、片牙の悪魔憑きは血は吹き出すがその動きは止まらない。
(……なら、もっと深く……食らいな!)
大ぶりの一撃を躱し、一撃を加えようと懐に飛び込んだ牛窪だったが、その頭に覆いかぶさるように大牙の口が開かれた。誘われた、そう気が付いた時には牛窪の頭は何十二も牙の生えた口内にすっぽり覆われていた。
彼の頭が噛み砕かれようとしたその時、金と銀の光が煌いた。二つの光は口を広げた悪魔憑きへ轟音と共にぶち当たり、残されたもう一方の牙をへし折りその巨体を再び吹き飛ばした。
金銀の煌きは地へ降り、その煌きの中心には千晴が立っていた。