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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~四凶と八仙花~ 編
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千晴VS檮杌

「降りて来て戦えゴラアアアア!!」


 両断された悪魔憑きの間から千晴は叫んだ。


 何人分か分からないほどの返り血を浴びた千晴の体は、赤い鬼と化した覚醒状態であった。真理矢の血を自身に打ち込んでから数分が経過していた。覚醒の終わりを意識しての挑発だったが、上階から見下ろす悪魔憑きは牙の生えた口を歪めて笑うだけだった。


 千晴が大勢の悪魔憑きに囲まれているのは、かつて悪魔憑き同士が見世物として殺し合っていたリングだった。鉄格子を曲げ合わせて作ったような球体であり、それをちょうど真ん中で分けるように設置されている鉄の床の上で、千晴は悪魔憑きたちと戦っていた。

 対して大牙の悪魔憑きが座る場所は観客席。かつては座り心地のよかったであろう長いシート席は整備されなかったせいで、埃まみれでそのほとんどが座れぬほどに壊れてしまっていた。

 

 大牙の悪魔憑きは残されたシート席から、戦う千晴を見下ろして笑っていた。


「聞こえねえのかチキン野郎!」


 悪魔憑きを斬り倒し、撃ち抜き、殴り飛ばす度に繰り返し挑発するが、大牙の悪魔憑きは反応せずただ部下たちが殺されていく様を見ているだけだった。


(くそ、なんなんだアイツ……!)


 誤算であった。いくら数が多くとも敵の頭である大牙の悪魔憑きを倒してしまえばいいと思っていた。だが、大牙の悪魔憑きは想定していたような男ではなかった。暴力に快感を覚えるでもなく、強さを誇示するでもない。ただひたすらに目の前の『死』に愉悦を覚えているだけ。


 まさに悪魔。


 戦い続けるうちに限界が来てしまい、真理矢の血による覚醒を行ってしまった。あとどれほど時間が残されているのか正確には分からない。覚醒が切れるまでに全員を倒し、大牙の悪魔憑きの首をとれるのか。


(やるしかねえ……ッ!)


 千晴は覚悟を決め、刀と拳銃を手に悪魔憑きたちの群れに飛び込んだ。覚醒した千晴に敵う者はいなかったが、決して弱いわけではない。斬られざま、撃たれざまに一撃千晴に反撃が飛んでくる。その一撃一撃が、千晴の体力を奪っていく。

 それでも徐々に数は減り、あと数体だというところで観客席の大牙の悪魔憑きの姿は消えていた。千晴がそのことに気が付いた瞬間、球状のリングに赤黒い毛皮飛び込んできた。リングが大きく揺れ動き、大牙の悪魔憑きが千晴の目の前に降り立った。


(っ! この――!)


 千晴が反応するより早く、人間の腕ほどもありそうな牙が千晴に目掛け突っ込んできた。千晴は横っ飛びに避けたが間に合わず、脇腹のあたりをえぐり取られてしまった。激痛に顔を歪めながらも大牙の悪魔憑きの姿を確認すると、リングの鉄柵に突っ込んでいた。

 悪魔憑きがのそりと体を起こすと、数体の悪魔憑きがぐしゃぐしゃに潰れて混じりあっているのが見えた。コイツには仲間意識というのは無いのか。千晴は目の前の男への嫌悪を強めた。


「仲間殺してんじゃねえよ」

「仲間でも敵でもどっちでもいい! とにかく死まで戦うとこが見てえ! 戦うのも勝つのも殺すのもどうでもいい! 誰かが死ぬまで戦ってんのを見るのが好きなだけだ!」

「完全にイカレて――」


 言葉を途中で切り、千晴は再び飛び退いて大牙の悪魔憑きの突進をかわした。会話で間を持たせ、その内に回復しようとしていた千晴の狙いは成就しなかった。大牙の悪魔憑きはぶるんと大きな胴震いをして千晴に向けて歯を見せた。


「おいおい戦えよ! そんで早く死ね!」

「悪いが健康には気を付けてるんでね」

「ふざけんな早めに死ね!! ていうか今俺に殺されろ!!」


 次も突進か、そう読んで鉄板の床を蹴った千晴だったがその体は何かに引っ張られ、床へと戻された。千晴の胴体に大牙の悪魔憑きの赤黒い尾が巻き付いていた。まずい、千晴がそう思った時には、顔面に赤黒い拳がめり込んでいた。

 顔の肉が殴り潰され、骨が軋む感触と共に体が吹き飛ぶ、はずだったが、尾で捉えられているせいで大牙の悪魔憑きから距離を取ることができない。続く一撃は両腕で何とか防いだが、ダメージを受ける場所が顔から腕に変わっただけだ。


「いいねえ! まだ死なねえか!!」

「く……そがぁっ!」


 千晴は手足に金銀の武装を装着し、大牙の悪魔憑きに殴りかかるが、その威力は本来のものとは程遠かった。大牙の悪魔憑きに大したダメージはない。大牙の悪魔憑きの猛攻を捌き、防ぎ、反撃を試みるが決定的な一撃は与えられない。


(————ッ!!)


 そうしてる間に覚醒が解けてしまった。瞬間、大牙の悪魔憑きの拳が千晴の頭を打ちぬいた。頭に引っ張られるようにして宙に浮いた千晴の体を、悪魔憑きの尾が抑え込み、無理やりにその場で立たせる。


「死ね死ね死ね死ね死ねぇええええ!!」


 大牙の悪魔憑きは大声を張り上げ、千晴を殴り続けた。驟雨のように前進に打ち付けられる拳に、千晴は薄い防御を行う事で精一杯だった。覚醒の解かれた腕は体格に勝る大牙の悪魔憑きの拳で簡単に跳ね除けられ、もう一度顔面に拳がめり込む。


(あ……や、べ……)


 意識が途切れ、ガードの下がった千晴に向けて容赦なく拳が降り注ぐ。千晴の全身にこびり付いた悪魔憑きの血が、彼女自身の鮮血で赤く上塗りされていく。逃げる事も防ぐことも叶わず、千晴は意識と痛みが薄れていくのを感じた。


(これ、マジで、やべ……)


 自身の死を実感していても覚醒の反動で体は動かず、まぶたも鉛のように重かった。閉じていく視界が最後に捉えたのは、迫りくる拳。反撃も防御もできないまま、千晴はただ目を閉じた。

 肉を打つ不快な音とともに人影が吹き飛び、リングの鉄格子にぶち当たった。重く響き渡る金属音がリング全体を震わせる。重音が治まる頃に、千晴はやっと目を開けた。大の字でリングの中央に横になっていた彼女は、状況がつかめていなかった。

 

 分かるのは、ふたつだけ。

 ひとつは、吹き飛んだのは大牙の悪魔憑きだという事。

 そしてもうひとつは、目の前の筋肉質な黒肌に見覚えがある頃。


「……牛窪?」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 牛窪キターwwwww [気になる点] この変なやつの 性癖というか 嗜好というか。 すごくよく「わかる」, そういう嗜好が まさに存在するのたと 描写で示されている という意味です。 …
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