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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~四凶と八仙花~ 編
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青空

「さあ、トラップ地獄だ~☆」


 きらりがスマホをかざすと、周囲に無数の黒い液体が飛び散り、壁や天井に付着し、浸み込んでいった。コンクリ―トの壁でも、鉄製の通路でもお構いなしに浸み込んでいくその一つ一つが罠だった。


 表情のない悪魔憑きは少しも表情を崩さず、一度ぶるりと胴を震わせてから、まっすぐにきらりに向かって駆け出した。ひとつ、黒い染みに足が乗るとその足元から黒い槍が飛び出した。足元のだけでなく周囲の黒染みからも鋭利な刃物が飛び出し、その中心にいる悪魔憑きへ襲い掛かる。だが、悪魔憑きは表情を変えずその中を走り抜けた。刃物の渦を出る頃には全身が血にまみれていたが、頑丈な皮膚が傷を浅くしていた。


 血だるまの悪魔憑きは駆ける勢いのまま殴りかかったが、きらりは素早く跳躍してかわした。砕かれ、切り裂かれた壁と床から黒い触手が飛び出し、悪魔憑きに突き刺さる。だが、悪魔憑きはぴくりとわずかに表情を動かしたのみで、すぐさま触手を斬り裂き、自身の体から引き抜いた。


「……」

「あはは~☆ 少しは効いた~?」


 空中で笑うきらりに向かって粘着質な舌が放たれる。完全にきらりを捉えたはずの舌は、彼女の表面をずるりと滑った。捉えられないと悟った悪魔憑きは、きらりを追うように跳躍し、包丁のような爪で斬りかかった。だが、それすらもきらりの体に覆われた粘液にすべり、傷ひとつつけられなかった。


「…………」


 だが、悪魔憑きは無表情のまま、攻めの手を休めなかった。どれだけの刃で切り裂かれようと前進をやめず、触手に捕らわれてもすぐさま引きちぎり、きらりに向けての攻撃をやめようとはしなかった。二人の攻防で監獄の檻という檻は全て破壊され、その機能を失った瓦礫の山になっていた。


「うん、もういいかな~☆」


 延々と続くように思えた悪魔憑きの攻撃が、きらりの言葉と共にぴたりと止まった。悪魔憑きは無表情のままがくりと膝を折った。立ちあがろうとしているようだが、体の自由が利かない様子だった。


「あはは~☆ 私が毒を使うって忘れてたよね~☆」

「……」

「大丈夫、その毒はあなたの動きを止めるだけだから~☆」

「…………!」


 表情の無かった悪魔憑きの顔に、僅かな同様の色が見て取れた。毒で体が動かない事に対してではない。その理由は、目の前のきらりの変化だ。きらりのスマホから、黒い触手が何十と飛び出し、きらりの右腕へと巻き付いて行く。


「あはは~☆ 私の弱点って、攻撃力の弱さだと思うの~☆」


 飛び出した触手は細く硬く寄り集まり、漆黒の筋繊維となってきらりの腕へと集まって行く。次々に生成されていく触手がきらりの腕を包み込み、見上げるほどの巨大な腕へと変貌していく。


「私のお友達が自分の手足を強化してて~☆ それを真似しちゃったんだ~☆」


 黒く伸び上がる触手の腕は、縦長の監獄の天井まで届くほどに大きく成長していた。ふいにその成長が止まり、一気にきらりの腕に向かって収束していく。彼女の腕が一回り大きくなった程度の大きさまで収縮した触手の腕は、大きさこそ何十倍と小さくなったが、人知を外れた密度となっていた。


「体力的に一回しかできないから~☆ そこ、動かないでね~☆」


 きらりが大きく振りかぶると、その腕から巨大な建造物が軋むような音すら聞こえた。異様な、異常な気配をきらりの右の腕を前にしても、悪魔憑きの表情は動かなかった。ただ、一筋の汗が頬を伝い、雫となって流れ落ちた。


「せ~……のっ――――!」


 その一撃の衝撃は、流れ落ちた汗を主ごと吹き飛ばした。一滴の汗が霧散し、悪魔憑きは自身の体で壁を突き破ることを強要された。前面に受けた一撃の破壊力と、背面で壁をぶち抜けていく衝撃。

二つの力の板挟みとなり、深い地下から外へと放り出された頃には、悪魔憑きの体は文字通り潰れていた。ぐちゃりと音立てて地面におちた悪魔憑きは、血だまりの赤の中で青い空を見上げてた。


 ずっと地下に居てみる事ができなかった青。

 任務の時は夜で見れなかった青。

 いつの日か見た、青。


「……ぁ……」


 薄れゆく意識の中で、悪魔憑きが見たのは遠い記憶。

 霧がかってしっかりと思い出せない記憶。

 でも、確かにあった記憶。 


『あなたはいつも楽しそうね』


 誰かも思い出せない。

 でも、確かに覚えている。

 その人が居た事だけは、覚えている。


『それはとってもいい事よ、だからいつも笑っていなさい』


 青い空の下で自分に話しかけてくれた人。

 優しくてあったかいひと。

 そう、ちょうど今自分が浴びている陽の光のような人。


『そうすればきっといい事があるから――』

「あひゃ、ひゃ……ホントにいい事、あっ……た――」


 無表情の悪魔憑きは――ホゥトゥンはにんまりと笑った。

 青い空の元、笑顔のまま地獄へと落ちて行った。

 その笑顔を、きらりが見下ろしていた。


「幸せそうな顔~……」


 きらりの右腕は、先ほどの一撃の反動でぼろぼろになっていた。皮がささくれ筋肉が裂け、骨がむき出しになっていた。少しずつ再生してはいるが、まともに機能するにはしばらくかかるだろう。

 再生能力の高いきらりですら、瞬時に再生できないほどの一撃だった。彼女は全て使い果たしたようで、その場にばたりと倒れ込んでしまった。低いうめき声をあげながら、隣で横たわる亡骸と共に青い空を見上げた。


「あはは~☆ いい天気だぁ……」


 ふいに、彼女の視界に何かが入り込んだ。誰かがきらりを見下ろしているようだ。逆光でその顔はすぐには見えなかったが、すぐに目が慣れてそれが誰だか分かり、きらりは驚きで目を丸くした。


「あれ~、なんでここに~?」


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