顔の無い悪魔憑き
「――――ッ!!」
きらりが飛び退いたその場所に、狂笑の悪魔憑きの一撃が振り下ろされた。金属でできた通路がひしゃげ、切り裂かれる耳障りな金属音と共に通路が崩れ落ち、円柱状の牢獄の底へと落ちていく。
裂かれた通路が地面に激突した轟音を足で聞きながら、きらりは前方の悪魔憑きを見て、自分の勘違いに気が付いた。狂笑の悪魔憑きは顔がなくなったわけではない。そう見えてしまう程の鬼気——いや、魔気とでもいおうか——を纏っているだけだ。
先ほどまでの笑いながら駆けまわっていた彼女とは別人、別物だ。顔そのものが失せたような無表情、そこから放たれる二つの視線を受けるだけで、奥歯が軋み脂汗が滲む。それだけでなく、毛に覆われただけだった両腕から、大ぶりの包丁のような爪がいくつも飛び出している。
恐らく、他にも変化が――。
「――っとぉ!!」
思案するきらりの顔面に向けて包丁の爪が振るわれた。きらりは咄嗟にかわしたが、狂笑の悪魔憑きは表情の無い顔のまま、その爪を振り回す。汗を滲ませかわすきらりの背後、コンクリート製の壁が豆腐のように簡単に切り裂かれ、崩れ落ちていく。
(一旦、距離を……っ)
蛙の脚力で飛び上がったきらりだったが、がくんと空中でバランスを崩した。彼女の脚には細い半固体状の白い何かがいくつも張り付いていた。カエルかカメレオンの舌のように見えるそれは、悪魔憑きの背中から飛び出し、きらりを捕えていた。
「あはは~、カエルっぽいのもおそろいかな~?」
「…………」
悪魔憑きは何も答えず背の舌を毛むくじゃらの腕で巻き込み、きらりを引き寄せた。きらりもスマホから黒い触手を伸ばし、周囲に張りつけ自身を支えた。だが、明らかに相手の力の方が強い。
「……う、ぐッ!」
皮が裂け、肉がもがれ、骨が外れ、腱が裂け断たれる。ぶちぶちべきべきと嫌な音を立ててきらりの足がもぎ取られる。持続する強烈な痛みにきらりが瞬時意識を取られると、無顔の悪魔憑きは一気に距離を詰め、腕から生えた大包丁を横に薙いだ。
円柱状の牢獄の鉄格子、通路、壁に一文字の切れ目が入り、そのちょうど真ん中にいたきらりの体はその切れ目に沿うように両断された。2つに分かれた上半身と下半身が、血飛沫をまき散らしながら落ちていく。
上半身のきらりは、落下しながら己の心臓に向けて筒状の注射器を射ち込んだ。ハカセから受け取った悪魔を覚醒させる液体が、筒から体の中に流れこむ。きらりの下半身は一瞬で再生し、更に粘液のようなものがきらりの全身から噴き出し、その体を覆う。
「あはは~☆ これからが本番だよ~☆」
着地したきらりは、顔の無い悪魔憑きを見上げて笑った。