きらりVS渾敦
「あ~っひゃひゃああああ!!!」
狂った笑い声が破壊音と共にきらりの周囲を駆けまわる。通り過ぎざま振るわれる攻撃をひらりとかわし、きらりはスマホから黒い塊をいくつも放った。壁や床、天井に張り付いたそれは得物を捉える罠と化した。
「あ~ひゃひゃあっ!!」
だが、設置された数々の罠を狂笑の悪魔は熊のような腕で殴りつけていく。鋭利な刃で挟み込む罠を、粘着液で捉える罠を、縄で釣り上げるもの、籠で囲むもの、ありとあらゆる罠を仕掛けたきらりだったが、そのことごとくが破壊された。
「あはは~☆意味なしか~☆」
笑うきらりの眼前に獣の拳が迫る。罠を破壊していた筈の悪魔付きは、もうきらりのすぐそばまで来ていた。かわせない、きらりがそう思った瞬間、狂笑の悪魔は熊のような腕を振りぬき、きらりの頭を殴り飛ばした。
顔面にめり込む拳で皮が裂け、肉が潰される。骨が砕ける音が顔の内側から響き渡り、激痛と共にきらりは上階へ向けて吹き飛ばされた。きらりは潰れたカエルのようにべちゃりと壁に貼りついた。
「あは、はは、は~……☆」
きらりは壁に張り付いたまま、潰れた顔をぺたぺたと触り、撫で、こねくり回してもとの形へと戻した。対岸の鉄柵の上で、その様子を見ていた悪魔憑きは「あひゃひゃ」と狂った笑い声を挙げた。
「すごいねぇ! どうやったら死ぬのぉ!?」
「あはは~☆ 全身燃やされたりしたらきついかな~?」
「燃やす? ホゥトゥンは火なんて使えないぞ!!」
「あはは~☆ じゃあ無理かもね~☆」
「あひゃひゃ! 無理かあ! どうかなあ!」
視界から悪魔憑きの姿が消えると同時に、周囲の景色がぐらりと傾いた。部屋全体が動いたかのように錯覚したきらりだったが、すぐに自分の上半身が傾いたのだと気が付いた。べちゃりと地面に落ちると、膝から上が噛み切られた自分の足が目の前にあった。
「あひゃひゃ! やり方分からないならホゥトゥンのやり方でやるぞ!!」
悪魔憑きは狂った笑い声を挙げながら、血塗れの口でぐちゃぐちゃときらりの肉を咀嚼していた。彼女に食われた部位はすぐに回復し、きらりはゆっくりと立ちあがるが、すかさず殴りつけられ全身の骨が砕ける感覚を味わった。きらりは吹き飛ばされながら、返り血で濡れたの悪魔憑きを見た。
(ちょっとキツイ、かな~……☆)
戦いが始まってから、きらりは動いている相手を一度も捉えられていない。だからこそ罠を仕掛けたのだが、その全てを力押しで突破されてしまった。このままでは勝てない。きらりは床を転がりながらも、懐からハカセに貰った注射器を取り出し、自分の胸へと向け、手をとめた。
「あひゃ……ひゃが……?」
得意げに口を動かしていた悪魔憑きがその動きを止めた。顔に笑みを浮かべたまま、ぐるぐると喉を鳴らしたかと思えば、その口から血を吐き出した。飲み込んだきらりの肉か、悪魔憑き自身の物かは分からなかった。
「ごほっ、あひ……げぼっ、あひゃ、がぁが……っ!」
きらりの血には猛毒が含まれている。その血を肉ごと体に入れたのだから無事では済まない。悪魔憑きは狂った笑みを顔に貼りつけたまま、咳込み血を吐き出し続ける。ついには地面に倒れ込み、ごぼごぼと口から血を噴き出し、動かなくなってしまった。
「……終わり?」
きらりの言葉に反応する者はなく、悪魔憑きの喉奥から血が湧き出るごぽごぽという音が静まり返った牢獄に僅かに聞こえるのみだった。きらりは深く息を吐くと、目を閉じて自身の回復に努めた。
思ったよりも簡単に倒すことができた。このまま回復してすぐに皆の後を追わなければ。 ハカセからもらった、真理矢の血を温存できたのは大きい。傷は大きいが、まだ問題なく戦える。回復次第すぐに――。
目を開いたきらりの目の前に、何かが居た。
それは先ほどまで戦っていた悪魔憑きだ。
何故、そうだとすぐに分からなかったのか。
それは、悪魔憑きの顔から、眼玉や口が無くなっていたからだ。