三人の悪魔憑き
「——そう、あの子は悪魔の子だった」
禹夏は私に花牙爪さんの過去を話した。彼女の主観が混じってはいるだろうけど、全てが嘘だとは思えなかった。花牙爪さんは、多くの人を殺して悪魔のような力を手に入れた。でも、私には……。
「……私には貴女の方が悪魔に思えますけどね」
私は床に倒れたまま私を見下ろす禹夏に言い放った。ゴブリンの体なのにまだ体力が回復しなくて起き上がれないけど、精一杯睨みつけた。蝶華さんと花牙爪さんを裏切った彼女はまともとは思えなかった。
「悪魔、か……確かにそうかもね」
禹夏は椅子に腰掛け喉の奥で笑うと、椅子を背後に向けて一面ガラスの壁の下を見下ろした。その下では、花牙爪さんと、彼女が行ってきた殺戮がまだ続けられていた。悪魔憑き同士が殺し合い、その身に魔素を溜め込んでいる。
花牙爪さんがあそこに居た時とひとつ違うのは、観客が居ないということだろうか。階下から聞こえてくるのは歓声ではなく悪魔憑きたちの怒号。人のものとは思えない獣のような咆哮。
階下で行われている非道な行為。
その成果が、彼女たちなのだろう。
禹夏とは反対側の部屋の隅に、その三人は居た。
「あひゃひゃひゃ!!」
一人は椅子をぐるぐると回転させ、その上に犬のように座り奇怪な笑い声をあげている。彼女は一見すると人間だが、毛深く長い尾や爪の無い熊のような腕が、悪魔憑きであることを示していた。
「……やかましいぞホゥトゥン」
もう一人の女はその外見そのままの刺々しい声で言い放ち、分厚い本を乱暴に閉じて立ち上がった。カツカツと鋭い足音を立てて回り続ける悪魔憑きに歩み寄り、躊躇なく椅子ごと彼女を蹴り倒した。椅子から転げ落ちた彼女は地面に転がり落ちたが、ニタニタとした顔のまま笑い続け、蹴倒した女はその様子を冷たい顔で見下ろした。
「あ~っひゃひゃひゃ! フェオンひど~い!!!」
「笑うのをやめろ、イラつく……」
「おお! 殺し合いか!!」
二人の悪魔憑きにむけて、大男がその体躯に見合った大声を張り上げる。
「いいぞいいぞ殺しあえ! 死ぬまで戦え!!」
その大男が最後の一人だ。口の端から飛び出た牙や、赤黒い毛皮のような衣服から、猪のような印象を受けた。だけど言動は獣よりもっと残酷な粗暴さや暴力性を感じさせる。毛皮の下の隆々とした肉体は、今まで見てきたどんな巨大な悪魔より荒々しく残酷な闘気を放っていた。
「殺せ殺せ! 俺にも殺させろ!!!」
「お前も黙れバオツ、でないとお望み通り殺すぞ」
「あ~~~~っひゃひゃひゃ!!!」
人の姿をしているが、私の周りに居る四人はまさに悪魔だ。千晴さんたちも憎まれ口をたたき合ったりするけど、それは人らしい友情という感情から来るものだ。でも、目の前の彼らからは人らしい温かみは微塵も感じられない。憎しみ、嫌悪、殺意……そういった怨念かなにかが渦巻き、凝り固まり、人型になっているだけ。そんな気配に私は身震いした。
同じように造られたはずの花牙爪さんとは明らかに違う。
たとえ悪魔憑きでも、大勢殺していたとしても彼女は私の友人だ、大切な人だ。
そう言い切れるだけのつながりを、私は花牙爪さんに感じていた。
だけど、目の前の四人は違う。
時間をかけて交流してもきっと分かり合えない。
こいつらは、ただの悪魔だ。