注射器
「――――……ッ」
「あ……目覚ましたよ~☆」
「お、そりゃよかった」
目を覚ました紫陽は数秒動きを止め、立ち上がろうとしたができなかった。骨が軋み、筋肉が痛みに震えた。紫陽の横たわるソファの脇に居た千晴ときらりは手を貸し、上体だけ起こした。紫陽は体の痛みで何が起きたのかを思い出し、猛獣のような唸り声をあげた。
「落ち着け、まずは回復しろ」
「……私のせいで、真理矢が……」
「分かっているさ」
上体だけを起こした紫陽の目の前に、湯気の立つカップをルディが差し出した。唸り声を上げたまま受け取った紫陽はだったが、力を込めすぎてカップを切り裂いてしまった。彼女の体にぶちまけられたお茶を、きらりが慌てて拭き取る。
「……ごめん」
「気にしないで、もう一杯淹れてくるよ」
ルディはウィンクしてキッチンに向かい、別のカップを片手に戻って来た。紫陽も今度は割らずに受け取り、一口飲んだ。苦みが強いその味に眉をひそめたかが、他の三人も同じものを飲んでいるのを確認して、もう一度口をつけた。
「よし、お前さんたちしっかり飲んでるな」
いつの間にか部屋に入ってきていたハカセの言葉で、紫陽はこれが回復に役立つ者だと推測した。それは正解だったようで、胃の中温かさが全身に広がるようで、筋肉や骨の痛みが薄れてきているような気がした。
「さてさて、真理矢が攫われたわけだが……」
ハカセが口を開くと同時に、紫陽は立ちあがった。お茶の効果もあってのことだが、驚異的な回復力に千晴たちも驚いた。そしてそのまま外へ行こうとする紫陽に、「おいおい」と声をかけて止めた。
「どこ行くつもりだ」
「……助けに行く、場所は分かる」
「行ったところでその体じゃ無理だろ」
「……だって、私のせいで……!」
「あはは~☆ いったん落ち着こ?」
きらりが「ね?」と肩に手を置くと、紫陽は数秒動きを止めてから元居たソファに戻った。首をごきごきと回し、コーヒーを一口飲んでからハカセが口を開いた。
「紫陽の色々な事情は後で聞くとして、真理矢を奪還しなきゃならん。やっかいなことに、攫った奴らのレベルは相当高い。きっと次はお前さんらレベルの奴らが待ち構えている」
「私たちなら問題ねえだろ、ヤバい奴らと戦ってきたんだ」
「確かに今までの奴らも強かった。だが全員で力を合わせて勝てたって面もある。上級の悪魔憑きとタイマンで戦り合ったのは真理矢の件の時以来だろ。……それに、何度か当てにしてた聖歌隊の協力も今回は難しそうだ」
言葉を切り、カップに口をつけたハカセに四人は先を促した。
「向こうにしたらまずは魔屍画の確保が優先事項だそうだ。まあ無理もない、あそこが最後の魔屍画だもんな。悪魔憑きの残党が思ったより多くて手こずってるらしい。そうやってお前さんらだけ呼ぶのがあいつらの狙いなのかもな」
「聖歌隊の協力を得られるまで待っては居られないね、彼女の無事が保証できなくなる……」
「その通り、だからお前さんらでやるしかない、そしてその用意もしてある」
ハカセは無造作に白衣のポケットを探り、何かを三人に投げ渡した。三人の手にあるのは太い注射器のようなものだった。白い本体の半透明な部分から、中身が赤い液体で満たされているのが分かった。
「針の部分のキャップを外して、心臓に向けて打ち込め。強心剤みたいなもんだ、ポンプである心臓に直接真理矢から採取した……まあ仕組みはどうでもいい、今までより強くなれる。そのぶん副作用も重いが、気にしないだろ?」
四人は同時に頷き、太い注射器を各々しまい込んだ。それを見届けるとハカセは再び口を開き「それじゃあ、紫陽の話を聞こうか」と湯気の立つカップで紫陽を指した。全員の視線を受け、紫陽は自分の過去を話し始めた。
「……私は生まれた時から悪魔の子だった——」