花牙爪紫陽という人間②
蝶華、彼女は組織のボスの子供だった。
私よりもずっと綺麗な服を着て、ずっといい物を食べていた。でも、住んでいるところは私と変わりなかった。大きくて豪華な建物だったけど、そこは蝶華の檻だった。彼女はボスの隠し子だと聞いた。難しい事はよくわからなかったけど、ボスにとっては私たち以上に人目につくと困る存在だったらしい。
背丈は私の半分ほどしかなかった。栗色の毛を大きな三つ編みにして、その先端に毎日違う色のリボンをつけていた。丸々とした目は小さな動物の様で、仕草はどこか可愛らしく、ひらひらと舞う小さな蝶のような子だった。
その横に居たのが――禹夏だった。
蝶華の護衛の悪魔憑き。凛とした顔つきに良く似合う深い青色髪は、風にそよぐとさらさらと流れ、手入れが行き届いていた。伸ばし放題で爪で散切りにしていた私とは全然違った。衣服もかなりこだわりがあるようで、髪色よりも明るい青の服は、着物に無頓着な私でもおしゃれだと分かった。ぼろ布を被った私とは大違いだった。
蝶華は私のような悪魔の子にも親切に話しかけてくれた。同じ檻に捕らわれた存在だったからか、彼女は私に良くしてくれた。彼女は頭がよくて読み書きや流行りの歌やお話なんかを教えてくれた。
そのなかでも、ことわざを教えて貰うのが好きだった。なぜかは良く分からないけど、一言で深い意味があるのが面白かった。正しい意味は一向に覚えられず、間違って使う度に蝶華は陽だまりのような笑顔を向けてくれた。
禹夏は私を警戒していたけれど、蝶華が私を友人として扱うと彼女もそれに倣った。蝶華の傍にいるなら身なりもそれなりにしろと、髪を整えて服を用意してくれた。だけど、私に合う服なんてなかったから、禹夏をモデルにした外皮を纏う事にした。
彼女は言葉は柔らかかったけど、物事をはっきり言うタイプで、蝶華や私に色んなことをずけずけと言ってきた。でも、私はこそこそしないで真っすぐに言ってくれる彼女が好きになったし、蝶華も同じみたいだった。
出会ってしばらくしてから、私に名前がないことを蝶華が気にし始めた。私は気にしなかったけど、禹夏も「呼びづらい」と一緒に名前を考えてくれた。蝶華はうんうん唸って考え、最後に自分の好きな花の名前をくれた。
彼女の好きな花は、紫陽花だった。
私たち三人の故郷の言葉では八仙花。
そこから私は、八仙という名前を貰った。