花牙爪紫陽という人間①
生まれた時からそうだった、らしい。
生まれつき私は爪が長く鋭かった。両親は私を忌子だ悪魔だとわめきたて、殺そうとしたらしい。悪魔の被害が広がっていた時期だから無理もないとは思う。結局、むやみに殺しては罪に問われるということで、私は生かされた。
両親は私を獣のように扱った。元々貧しい農村ではあったけれど、無駄に多いきょうだい達とは服も、食べ物も、家も違った。きょうだいたちは親に倣い、遠巻きに私に向けて汚い言葉を投げかけた。
私は、自分が悪魔の子なんだと思うようになった。
そんな私をとある組織が買い取った。いわゆるマフィア、という連中だった。悪魔憑きの素質があるものを集めていると話していた。両親としては厄介払いができたうえに金までもらえて言うこと無しだったのだろう。
私は鎖につながれて粗末なトラックに乗せられ、港まで運ばれた。家族の顔は見もしなかった。港で部屋ですらないコンテナの中に何十人と押し込まれ、船に乗せられた。息苦しくて死にそうなほど蒸し熱かった。それに足に繋がれた鎖が擦れて痛かった。
それでも私は平気だった。
だって私は悪魔の子だから。
船の揺れから何かに吊られたような揺れに、更に車の揺れに変わり、ようやくコンテナの扉が開けられた。よろよろと薄暗い路地に降りた時、ふと振り返ってみると倒れたままの人が何人もいた。だらりと全身から力が抜け、折り重なり、ピクリとも動かない。
それが私の初めて見た死体だった。
でも、何も感じなかった。
私は悪魔の子なんだから。
コンテナを開けた男たちは意に介していない様子で、そのまま扉を閉めた。鎖につながれた私たちは長い階段を下りるように言われた。壁に四角く切り取られた真っ暗な入口、そしてその奥深くに続いて行く階段。
降りる事を拒んだ人が何人か撃ち殺された。飛んだ血がほっぺについたけど、私はただ黙ってそれを拭った。悲鳴をあげた人が殴りつけられ、他の人たちにも悲痛な動揺が走ったのが分かった。
でも、私は何も感じなかった。
悪魔の子だから。
階段を下りていくと、少しずつ声のようなものが聞こえた。悲鳴や絶叫ではなかった。その反対にある、歓声と言っていい声だった。だけど、その響きはあくまで恐ろしく残酷なもので、誰一人その声で安心することは無かった。
最下層には、煌びやかな闘技場のようなものがあった。中心に球体の檻のようなものがあり、中で人が二人戦っている。それをぐるりと囲むように設置されていた観客席には、美しいドレスや、パリッとしたスーツを着た男女が席についている。
金色に輝く球体の中で血を流しながら戦う二人を、実に楽しそうに見物している。傷を追うごとに闘技場のボルテージは上がっていき、一人が殴り殺されたところでそれは最高潮に達した。
これから私たちもあそこで戦わされるのだろう。
異常な光景に、私の隣の人が膝をついてうなだれた。
私は、何も感じなかった。
その後、鎖につながれたまま地下の牢屋に閉じ込められた。じめじめしていて狭くて、少しだけ不快だった。牢屋は妙な形をしていて、中心の変な石を取り囲むような作りだった。その石からは、魔素が染み出していると後から知った。
それから数か月、私たちは番号で呼ばれて殺しの訓練、そして『授業』をさせられた。授業の内容は「殺すのに躊躇するな」「組織に逆らうな」それがメインだった。私は言われるがままに訓練し、授業で繰り返される文言を何度も読み上げた。
魔素が溢れる魔石の近くで過ごして魔素に晒され、私の爪は肘の辺りまで覆うほどになった。体も大人と同じくらいまでに大きくなり、皮膚も叩くとかちかちだった。コミュニケーションは教えてくれなかったから、言葉は理解できるけど、読み書きも、言葉を発することも苦手だった。
そして私は、闘技場に出て戦った。相手は一緒に訓練した男の子だった。ここに来た当初、脅えて泣彼はどこにもいなくなり、敵意を殺意をむき出しにしてくる悪魔憑きがそこにはいた。
私は訓練した通り、彼の首を跳ねた。
切断面から彼の血が噴き出ると、周囲から歓声が響き渡った。噴水のように吹き上がる彼の血を浴びていると、私の中にいる悪魔が更に大きくなるように感じた。血に濡れながら、私はただ突っ立っていた。
悪魔の子だから、なにも感じなかった。
それから、週に何回か闘技場で人を殺した。私は悪魔の子だからなにも感じなかった。どんどん大きく鋭くなっていく爪で、目の前の相手を切り裂いて、相手の血と魔素を浴びる。私はそうやって悪魔に近づいて行った。
暗い檻は嫌いで、少しだけ光を浴びることできる闘技場までの道が救いのようにも感じていた。何度か顔見知りの対戦相手とも戦い、殺したけれど、私はやっぱり何も感じなかった。
やっぱり私は悪魔の子だ。
そうやって何年も過ごした後、成績が優秀だとして私は檻の外に出された。闘技場ではなく組織の仕事に同行するようになった。でも、やることは同じ。目の前に立つ相手を殺す。それだけ。何の疑問も持たずに私は犯罪に加担していた。
その組織は悪魔の素質のあるものを集め、魔素に当てながら育成し、組織のために働く悪魔憑きを作ろうとしていた。地下の殺し合いショーはあくまで小銭を稼ぐ副産物。私たちは組織のための私兵候補として連れてこられたんだ。
悪魔の子だから、なにも感じなかった。
外での仕事を始めてまた数年が経った頃には、私は自由に敷地を歩けるまでに重用されていた。でも、あくまで敷地の中でだけ。鎖につながれた哀れな悪魔付きであることには変わりなかった。
でも、私はそこで彼出会った――。
禹夏と、蝶華に――。