三人
「……私はあんたを殺す、あんたが現れた、それを聞いてすぐそう決めた」
花牙爪さんは自分の爪を、拳を握るようにぎりぎりと鳴らした。
「……私はあんたが憎い、許せない、でも……なんなの……なんでそんな姿で出てきた? なんでそんな酷い姿で……私の前に……!」
ぶるぶると体を震わせる花牙爪さんは悲痛な声をあげた。
近くに居る私にまでその悔しさや悲しみが伝わって来た。
小さく花牙爪さんの名を呟いた禹夏の声にも僅かに感情が浮かんでいた。
「……そんな姿になってまで、何がしたかったの……蝶華を殺したくせに、なんでそんな酷い……そんな姿のあんたを殺させないでよ! 禹夏ぁあああ!!」
花牙爪さんは叫び声と共に禹夏へ飛びかかった。
爪の一撃を防ぐ金属音の後、肉を打つような低い音。
うめき声と共に花牙爪さんが後ずさり、膝をついた。
花牙爪さんの頭の向こうに見えた禹夏は、棒状の武器を握っていた。
どこから出したか分からないけれど、あれで花牙爪さんを攻撃したんだ。
花牙爪さんに膝をつかせるほどの一撃。
当然だけれど、禹夏は恐ろしく強い悪魔憑きなんだと実感した。
「ぐっ……!」
「……やっぱりあんたは必要みたいね」
「……なに、を」
無機質な声色に戻った禹夏は、ちらりと階段に目を向けた。
「邪魔が入りそうね、今日の所は引き上げるわ」
「……待て、まだ……話は終わってない!!」
「私は逃げないわ、あんたと違って……」
「……っ!」
「臆病なあんたが怖じ気づいて逃げないように……」
禹夏がさっと腕を前に伸ばし、私に向けて手のひらを開いた。
瞬間、私の体は水に浮かぶみたいに地面から離れた。
いや、実際に水が私を浮かせたのだ。
禹夏の腕から放たれた水流が、私を巻き込んで流れる。
ウォータースライダーに乗ったかのように私の体は宙を高速で移動する。
そしてそのまま、禹夏の元へと流されていく。
「このゴブリンさんは人質……」
「っ! こんのぉっ!」
私は水流に乗せてゴブリンの頭を突き出した。
頭に伝わって来たのは固く細い感触、そしてめまい。
彼女の武器で迎え撃たれてしまったらしい。
「う、ぐぅ……っ!」
「……手がしびれた、大した石頭ね」
水流に乗せられ、禹夏に担がれる形で捕えられてしまった。
抵抗しようと体を動かすけれど、頭へのダメージが重くてまともに手足が動かない。
「……っ! 離せぇっ!!」
花牙爪さんはふらつきながらも立ち上がり、再び禹夏へ飛びかかった。
すると、何かが花牙爪さんの行く手を塞ぎ、その攻撃を防いだ。
めまいでしっかりと定まらない視界には、三人の影が見えた。
「……!! どけえ!!!」
咆哮し、更に力を込めた花牙爪さんを、その三人は平然と受け止めている。
そしてそのまま反撃に移り、花牙爪さんは壁際まで吹き飛ばされてしまった。
すぐに体勢を立て直した花牙爪さんだけど、その足取りは定まっていない。
「あひゃひゃひゃっ! ふらふらじゃぁあ~ん!!」
「仲間のために必死に立ちあがるその清らかさ……ああイラつく」
「もう終わりか! つまらんぞ! 立て!! 立って死ぬまで戦ぇい!!!」
三人の悪魔憑きはそれぞれに勝手なことをわめき出した。
花牙爪さんは震える手を一度構えたけれど、そのまま倒れ込んでしまった。
爪の悪魔に続けて、同等かそれ以上の敵と戦うなんて無理だ。
私の意識がだんだんと薄れてきている。
たった一撃で情けない。
それとも、禹夏はそれだけの力を持っているという事なのだろうか。
「……お前たちはもう引け」
禹夏が小さくそう言うと、三人の悪魔憑きは口を閉じた。
そうして一瞬で窓の外へ、雨の中へと消えていった。
私を脇に抱えたまま、禹夏は窓枠に足をかけて振りかえる。
「八仙、『あそこ』で待ってる……必ず来なさい」
「ま……て……!」
腕を伸ばす花牙爪さんの頭が跳ね上がる。
禹夏が彼女の頭を棒で殴り上げたのだ。
花牙爪さんは衝撃で上半身が持ち上げられ、そのまま仰向けに倒れた。
「かが、づめさ……――!」
私が伸ばした手は花牙爪さんに届かず、私の体は雨の中へと入って行った。
雨粒が、痛いくらいに激しく全身にぶつかる。
その痛みがとどめとなり、私は意識を失った。
意識を失う寸前、倒れた花牙爪さんに皆が駆け寄る姿が、雨の向こうに小さく見えた。