どうして
「その子はあんたより強力に造ったはずなのに、おかしいなあ……」
声がする方向は暗闇で何も見えない。
でも、そこに強大な何かが潜んでいる事は肌で感じた。
花牙爪さんが私を守るように、前に立った。
「まあ、あんたとは物が違うってことなのかな?」
外ではまだ激しく雨が降っている。
それなのに、静かな禹夏の声は驚くほどはっきりと聞こえる。
背骨をじわじわと這いのぼるような、冷たく静かな声。
「……やっぱり、お前だったんだ、禹夏……」
花牙爪さんの言葉に禹夏は小さく鼻で笑った。
それから足音を立て、暗闇からゆっくりと出てきた。
雨雲に隠された弱い光は、彼女の腰の辺りまでしか照らせていない。
「久しぶり、八仙……今は紫陽だっけ?」
禹夏は「まあどっちでもいいか」と抑揚のない声で言い、
「それにしても大したものね。魔屍画を次々に落として……先回りするつもりだったのに、全部あんたに持って行かれちゃったもの。あんたは本物ね、本物の化け物……私たちと同じ……」
禹夏はひと言ひと言噛み締めるように言うと、小さく笑い声をあげた。
身震いするような冷たい笑い声だった。
花牙爪さんは半身しか見えない禹夏に視線を向けたまま、なにも言わなかった。
「どうしたの、言いたいことがあるでしょう? それもたくさん」
「……」
「どうして私は悪魔憑きを造ったのか?」
「…………」
「どうして私は今になってわざわざあんたの前に現れたのか」
「………………」
「そして――どうして私が、蝶華を殺したのか、知りたいでしょう?」
雨音の隙間を縫うように鼓膜を揺らす禹夏の声。
けれども花牙爪さんは黙ったままだ。
花牙爪さんはうつむいたまま体を震わせ、そして顔を上げた。
「……もちろん、それも知りたい。だけどその前にひとつ、聞きたい」
ゆっくりと話す花牙爪さんに「何?」と禹夏が静かに返す。
「……お前、本当に禹夏……?」
「どういう意味」
「……あんた、私たちの中で一番、おしゃれだった」
「……何の話?」
「……なのに、どうして……どうしてそんな姿になるんだ! 禹夏ぁ!!」
花牙爪さんの叫びと同時に、稲光が部屋を――禹夏を照らした。
光に照らされた禹夏の顔は、人であり人でなかった。
開かれた瞳は生気がなく、それでいて尋常ではないほどに歪に光っていた。
深海のような濃い青の髪は、麻か何かのように艶が無く、もつれ、絡まっていた。
角や牙が生えている訳でもない、異常な肌の色でもない。
顔の部位が歪んでいるわけでもなく、どちらかといえば整った人間のものだ。
けれども、目の前の存在からは生物としての温もりを微塵も感じなかった。
目の前にいるのは、一体――なんなのだろうか。