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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~四凶と八仙花~ 編
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おみごと

 二体の悪魔憑きが、悪魔が対峙する。

 

 再び稲光が暗い室内を瞬時照らした。

 その後に続いたくぐもったような雷の音は、私の耳には届かなかった。

 花牙爪さんと爪の悪魔が、再び激突した音でかき消されたからだ。


「グゥアアアア!!」

「ウゥゴオオオ!!」


 人でも、動物でもない咆哮と共に悪魔たちが絡まり合う。

 花牙爪さんの牙が、爪が黒ずんだ肉の鎧を削り斬る。

 爪の悪魔憑きの獲物が、花牙爪さんの肉体を裂き、貫く。


 テーブルや椅子、壁、床、天井。

 それらをお構いなしに破壊し、互いの血飛沫で汚す。

 ただ目の前の存在を消すことしか考えていない。


 悪魔と悪魔の潰し合いだ。


「う……!」


 徐々に均衡が崩れ出した戦いに、私は思わず声を漏らした。

 花牙爪さんが押され始めているように見える。

 初めは互いに攻撃していたのに、今は爪の悪魔憑きばかりが爪を振るっている。


 花牙爪さんの攻撃は首元や胸など、急所に傷をつけてはいる。

 でも、致命傷にまでは至っていない。

 その上、ゆっくりとだけど傷が塞がるので一向に決定打を与えれられない。


 対して爪の悪魔憑きは攻撃を当てる位置を厭わない。

 一発では致命傷にはならない位置ではあるし、花牙爪さんも傷は回復する。

 けれど、流した血まではすぐに戻ったりはしない。


 花牙爪さんは決着を焦るあまり、じわじわと追い詰められているように見える。


 勝負を焦るのも仕方ない、花牙爪さんが覚醒状態でいられる時間は限られている。

 私が居るから、血をあげれば二度か三度は覚醒できるかもしれない。

 それに花牙爪さんが耐えられるか、またその隙を与えてくれるかわからない。


 だから、花牙爪さんはこの覚醒で決着をつけようとしているのだろう。


「あっ……!!」


 爪の悪魔憑きが獲物を薙ぎ払い、花牙爪さんを斬り飛ばした。

 花牙爪さんは床に激突し、自らの血でずるずると滑って行った。

 壁際まで滑って行った花牙爪さんの姿は、元の二足の悪魔憑きにもどっていた。 


 やられてしまった。

 そう思った時、爪の悪魔憑きがぐらりと体を傾かせた。

 その首と、胸元、心臓の位置に牙が突き刺さっていた。


 飛ばされる間際、花牙爪さんは咄嗟に牙を射出したのだ。

 爪の悪魔憑きは自身に突き刺さった牙を掴んだまま、がくりと膝を折った。

 やった、これで終わりだ。


「ウゥゴ……オォオオオ……!!」


 そう思ったのもつかの間、爪の悪魔憑きは折った膝に力を込めて立ち上がった。

 掴んでいた牙を無理やりに引き抜き、ドボドボと血が噴き出した。

 そのまま倒れろという私の願いは届かず、2、3歩ふらついただけで留まった。


 爪の悪魔憑きは引き抜いた牙を放り投げ、両腕を開いて雄叫びをあげた。

 人でも獣でもない悪魔の咆哮は建物すべてを揺らした。

 咄嗟に耳を塞いだけれど、その声に押されて尻餅をついてしまった。 


 その私の横を何かが通り過ぎ、咆哮が止まった。


「……!!」


 耳から手を離して顔を上げると、爪の悪魔に花牙爪さんが爪を突き立てていた。

 右手は喉を、左手は心臓を貫いていた。

 ごぼ、という血が湧き出る音の後に、花牙爪さんが静かに爪を引いた。


「……わだ、し……は……」


 支えを失った爪の悪魔憑きは、頭から地面に倒れ伏した。

 僅かに言葉を残して、爪の悪魔憑きは沈黙した。

 戦闘の苛烈さから考えられないほど、静かに決着はついた。 


「勝ったん、ですよね?」

「……うん」


 あれだけの戦いの後にも関わらず、花牙爪さんはいつもの調子で頷いた。

 ほっとしたような、怖いような気持ち抱えながらも、私は安堵した。

 すると、いつの間にか雨脚が強まっている事に気が付いた。

 

 ざあざあと降りしきる雨に、稲光が混じる。

 雨音のせいで外の音が聞こえない。

 皆は、無事だろうか。


「花牙爪さん、ひとまず皆と合流しましょう」

「…………」

「とりあえずの目的は果たせましたし、ここは――」


「――おみごと、って言っておこうかな」


 不意に聞こえた、耳に覚えのない声。

 土砂降りの雨の中でも、なぜか聞こえたその声。

 暗闇の向こうから、そっと囁くように聞こえた声。


 その声を聞いた花牙爪さんは、全身から殺気を放った。

 さっき殺し合いをしていた時よりも更に濃く、鋭利な殺気。

 それを暗闇に向け、花牙爪さんは口を開いた。


「――禹夏(うか)……!!!!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 雨の演出、いいですね。 「雨足が天城峠を追ってきた」 という名作冒頭が 瞬時に脳裏をよぎります。 この聴覚に向かせた読者の意識に 「━━おみごと、と〜」 で精神攻撃の圧をかけていく。 …
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