受け入れられる日なんて
「それでは、行くとしますかね」
ハカセに促され、私たちはいつものバンに乗って出発した。
あれからしばらく後、お姉ちゃんから連絡があった。
目標の位置が動かなかったため、聖歌隊は少数精鋭で奇襲をかけるらしい。
私たちもそれに便乗する形で乗り込むこととなった。
でも、部隊の規模や正確な突入時間は教えて貰えなかった。
私たちが行くこと自体は向こうも把握している。
だから聖歌隊と戦いになることは無いけど、しっかりとした協力も無理だ。
ハカセは「かえってやりやすい」って言っていた。
千晴さんたちも気にする様子もなく、雑談を交えながら戦いに備えている。
私はその横で、何とも言えないもやもやした気持ちを抱えていた。
前回の魔屍画で、聖歌隊と一緒に戦って結果を残せた。
これで悪魔憑きの皆と聖歌隊の溝はなくなったと思っていたのに。
ちょっとしたことでこうやって緊張状態に戻ってしまう。
牛窪は聖歌隊の一員として私たちの前に現れた。
けれど、本当に馴染めているのだろうか、これから馴染めるのだろうか。
彼自身は平気だろう、でも部下たちはどうなのだろう。
私や、悪魔憑きの人たちが受け入れられる日なんて来るのだろうか。
鬱々した気分を払いたくて、私は窓を開けて風を浴びた。
空は、いつの間にか黒雲に覆われていた。
陽の光さえ遮り、時間の間隔を狂わせるような厚い雲だった。
目的地に着いても、その雲は晴れる事はなかった。
それどころかますます黒さを増し、腹に響くような轟きを内包し始めた。
これから雨が降りそうだ。
「さ、お前さんら気合入れていけ、聖歌隊にも一応連絡を入れておく」
ハカセに促されて、私たちはバンから降りた。
降り際に車内の時計を見ると、夕方の5時を回ったところだ。
まだ遅くない時間なのに、雲のせいで夜に似た薄闇が辺りを包んでいる。
時計から目を離し前方に視線を向けると、花牙爪さんが視界に入った。
「…………」
歩きながら黙って目を閉じ、何かを考えているように見えた。
おそらく、これから行く先で待っている者のことを考えているんだろう。
断片的な事しか聞けなかったけれど、きっと今花牙爪さんも過去に向き合っている。
どうして私たちは、いつも突然に過去を突き付けられるのだろう。
乗り越えられればいい、でも過去にもう一度傷つけられることもある。
そんなのは不毛だ、忘れられるならそれでもいいのに。
なぜか私たちの過去は、私たちの足を掴んで離さない。
花牙爪さんが過去と戦うのならば、私も一緒に戦う。
かつて皆が、花牙爪さんがそうしてくれたように。
その想いは私の中の確固たるものだ。
私の視線に気が付いたのか、花牙爪さんがこちらを見下ろす。
私は「大丈夫です」と伝えるように頷いた。
そうすると、花牙爪さんも同じように小さく頷いてくれた。
「あれがそのパクリ野郎の根城か?」
刀を肩にかけた千晴さんが前方を指さすと、大きな門のような建物が見えた。
その建物の派手な色が薄闇の中でも分かった。
門の奥には色とりどり建物が立ち並んでいるのが見えた。
遊園地か、レジャー施設だったのだろうか。
「ずいぶん広そうだ、手分けするか?」
「いや、その必要は……」
ルディさんの言葉を遮り、轟音が鳴り響いた。
それから激しい機械音や、怒号が続く。
聖歌隊が戦闘を開始したのだろうか。
「あの音の方へ行けば目標には出会えるはずさ」
「あはは~☆ なるほどね~☆」
「おし、行くか!」
駆け出した三人の後に続くように、私と花牙爪さんも走り出した。
ちらりと花牙爪さんの顔を覗き見る。
花牙爪さんの瞳が暗い光を放っているのは、薄闇の中でも分かるほどだった。
目標を定めた獣の様な、いや、悪魔の瞳だった。
常にない花牙爪さんの瞳の光に、私は思わず目をそらした。
身震いしてしまいそうになるのを堪えながら、足を動かす。
深まって来た闇の中、私たちは音を頼りに戦場へと駆けた。