決まりだな
「魔屍画……」
お姉ちゃんの言葉に、誰ともなくその名前を口にした。
私たちが目標にしてきた、魔素が湧き出る場所。
悪魔の『門』を閉じるために潰さなければならない場所。
それは確かに重要な事だ。
だけど今は、花牙爪さんの事の方が気掛かりだ。
彼女の名を語る悪魔憑きがそこに居る。
そして、花牙爪さんの仇もきっと――。
「しきりに移動していた筈だが、魔屍画で動きを止めている」
「怪しいな、罠じゃないのかい?」
「そうなの、たぶんいっぱい待ち構えてるの!」
「もしくは危ない罠が沢山あるよ!」
「……こわぁ」
ルディさんの言葉に続くように、三人娘が口々に言った。
仮に罠でなくても、魔屍画に居るのだ。
かなり強力な力をつけているに違いない。
「とにかくそこに居るんだろ? だったら行くしかねえだろ」
牛窪が静かに、けれど有無を言わさぬ調子で呟いた。
「他に手がかりもねえ、ぐずぐずしてたらまた逃げられる」
「……コイツに賛同したかねえが、一理ある」
「あはは~☆ 放っておいてら誰か殺されちゃうもんね~☆」
きらりさんが花牙爪さんに向けて言うと、花牙爪さんは頷いた。
「……早く、止めた方がいい」
「よし、決まりだな」
牛窪は振り返ると、そのまま歩いて出て行こうとした。
開かれた扉の向こうにいる聖歌隊の半分に声をかけた。
悪魔憑き部隊と思われる人たちが応え、そのまま扉をくぐった。
「おい待て、まだ話は終わっていない」
「俺らは俺らで準備しとくんでご心配なく、ボス」
「貴様、何を勝手に……」
お姉ちゃんは牛窪を止めようと装備を鳴らして追いかけた。
玄関先で牛窪は振り向き、私たちをぐるりと見回した。
そして最後に視線を花牙爪で止めた。
「そいつが爪のクソ野郎じゃねえのは分かった。だが言ってることがあやふやだ、ソイツと繋がってないって証拠にはならねえ。だからこっちの作戦は全部伝えないほうがいいんじゃねえかと思ったまでですよ」
牛窪の言葉に千晴さんたちが反応した。
いよいよ武器を抜くんじゃないかと思うほど、緊張した空気が漂う。
皆と牛窪の間に、ハカセがゆらりと入り込んだ。
「まあ、お前さんの言い分も分かる。なにも一緒に行動する必要はない」
「ハカセ、それでは……」
「お前さんもまだ信じ切ってないだろう?」
ハカセの返しにお姉ちゃんは口ごもってしまった。
「こんな空気じゃまともに話せんだろ、紫陽も確たる証明ができるわけでもなさそうだし、ひとまず解散しようじゃないか。正直こちらも寝耳に水でね、この子と話をさせてくれないか」
ハカセは「なあに分かったことは共有するさ」と笑った。
数秒沈黙が続き、お姉ちゃんがふうと息を吐いた。
「また逃げられたら面倒だ、今日中には魔屍画で向かう」
「ああそれがいい」
「……大まかでよければこちらも作戦の時間は知らせる」
「助かるよ、お前さんらに合わせてこっちも動く」
結局、そのままお姉ちゃんたちは去っていった。
わだかまりが残る感じになってしまったけれど仕方がない。
とにかく、花牙爪さんに話を聞かないと。
「……話すって、言われても……さっき話した通り、禹夏は危険なやつ。私はアイツを倒したい、それだけ……」
バツが悪そうに言う花牙爪さんに、千晴さんが歩み寄った。
それからぼむ、と花牙爪さんのお腹を拳で押した。
首を傾げる花牙爪さんに、
「分かってる、色々あんだろお前も」
「……千晴」
「お前は隠れてコソコソなんてできねえ、私は信じてる」
「その言い方はどうかと思うが、後半には同意だね」
「あはは~☆ いつも通り皆でやっつけよ~☆」
何も気にしていない様子で皆は笑って言った。
花牙爪さんの横を通りすぎ、自室へと向かって行った。
この後の準備をするのだろう。
「ま、魔屍画を潰せるなら都合がいい。だが向こうの戦力がどんなもんか、お前さんが知ってる範囲だけでかまわんから、後で話してもらうぞ」
ハカセはそう言い残して、研究室へとつながるエレベーターへ向かった。
私は花牙爪さんに歩み寄り、「大丈夫ですよ」と声をかけた。
「今までと同じです、悪い奴を倒しておしまい! って感じです!」
努めて明るく言うと、花牙爪さんは僅かに笑った。
うっすらとした不安はあったけれど、今はそれを言っても仕方がない。
私はただ、皆の力になれるよう頑張るだけだ。
「今回も、きっと上手くいきます!!」
私はこの時考えもしなかった。
千晴さんたち、『悪魔憑き』という存在が何を意味するのかなんて。




