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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~四凶と八仙花~ 編
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聖歌隊の牛男

 そんな馬鹿な、花牙爪さんが聖歌隊を殺す理由がない。

 

「あはは~☆ そんな悪魔憑きいくらでも居そ~☆」

「そうだね、それだけで紫陽を疑うのはあんまりだ」


 当然、そう思ったのは私だけではなく皆口々に抗議した。

 悪魔憑の二人が詰め寄ったのに反応し、後ろに控える聖歌隊が武器を構えた。

 それをお姉ちゃんは手をあげて制し、武器を降ろすよう指示を出した。


「もちろんそうだ、だから君たちじゃないという確証が欲しい」

「あはは~☆ 何話せばいいの~?」

「ひとまず、そこの彼女が昨日の深夜から今朝まで何をしていたのか聞かせてくれ」

「昨晩は私がずっと検査してた、終わったのが深夜2時過ぎだったかな?」


 ハカセはカップに口をつけながら「なあ?」と花牙爪さんに顔を向ける。

 花牙爪さんは少し考えてから、こくりと頷いた。

 それを見てから、「記録もあるぞ」とハカセは手にした端末を振った。


「深夜2時か、それだけではまだ少し……我々が探知機の通報を受け出動したのは深夜3時前だった。位置関係から考えてもここから現場まで30分とかからないだろう。まだ疑いが晴れたとは言えないな」


 ハカセはカップから口を離し、「探知機ってのは?」と尋ねた。


「付近の魔素濃度を計測している装置だ。悪魔ないし悪魔憑きがそばを通れば通報する仕組みになっている。今までにない濃度の魔素を検知したので精鋭を送り込んだのだが……」


「敢え無く惨敗、ってわけだ」


 不意に聞こえた男の声は、聞いたことのあるものだった。

 歩み寄って来た声の主は、色黒の大柄な男だった。

 聖歌隊の装備は身につけているが、その頭には牛を思わせる角が生えていた。


 この男は――。


「あの、時の――っ!」


 そうだ、あの時あいつと――シュナと一緒にいた男だ。

 私のトラウマであり、凶悪な悪魔憑きだったシュナの仲間だ。

 そんな男が、なんで聖歌隊に――。


 何かが、私たちのすぐ横を走りぬけた。


 そう思った次の瞬間、何かがぶつかり合う音が鼓膜を揺らした。

 一瞬のうちに、目の前に千晴さんの姿が現れた。

 千晴さんが殴りかかり、それを牛男が迎え撃ったようだった。


「おお、あん時の鬼女か! また会えて嬉しいぜ!!」

「生きてやがったのかてめえ……!」


 千晴さんの拳が、牛男の腕にめり込む。

 だけど、牛男は何ともないように笑い、千晴さんを見下ろす。

 その視線を受け、千晴さんも舌から睨み上げる。


「死んだと思ってたがな」

「いい蹴りだったが死ぬほどじゃねえわな」

「ああ分かった、今度はその首吹っ飛ばしてやるよ」


 牛男は千晴さんを押し返し、べろりと唇を舐めて構えを取った。

 千晴さんも同時に拳を構えて戦闘態勢に入った。

 すっと、その二人の間にお姉ちゃんが割り込んだ。


「まあ待て、話を聞け」

「真理矢の姉さんよ、こりゃどういう事だ?」

「聖歌隊の方針転換だ」


 私が「方針転換?」とオウム返しすると、お姉ちゃんは頷いた。


「前回の君たちと行った作戦の結果を見て、上層部に悪魔憑きを公に利用すべきだという声があがったんだ。ただ捕えているより更生の機会を与えようとな」


 淡々と続けるお姉ちゃんを、千晴さんたちは黙って見ていた。

 いつの間にか、きらりさんやルディさんも武器を構えている。

 花牙爪さんもその大きな爪を突き出し、戦闘態勢を取っている。


「そのため軽度の罪で更生の見込みがある者は、聖歌隊のいち部隊として登用するという事になった。この男……牛窪も傷害、殺人も行ったが相手はいずれも危険性のある悪魔憑きのみだ。そういう意味では君たちとも同じと言える」


 お姉ちゃんが言葉を切ったけど、千晴さんたちの視線は鋭いままだ。

 それはそうだろう、一度命のやり取りをした相手だ。

 あのシュナの仲間だった、というのもあるだろう。


「私もこいつを信頼している訳ではない」

「おいおいあんまりだぜ」


 牛男は――牛窪は拳を構えたままへらりと笑った。

 

「だが上の方針には従わざるを得ない。捕縛した悪魔憑きにこいつ以上の適性を持ったものもいなかった。それに、こいつの指揮の元、悪魔憑き部隊がいくつか実績をあげているのも事実だ……だが」


 お姉ちゃんは牛窪を睨みつけると、


「指示に従わないというのなら今ここで処してもいいんだぞ」

 

 身震いするような鋭い声で言い放った。

 その声を向けられた牛窪は、お姉ちゃんに視線を向けた。

 数秒間そのまま硬直していたけど、やがて牛窪が大きく息を吐いた。


「へいへい、分かってますよボス」


 構えを解き、丸太の様な腕を広げてみせた。

 それを見て、千晴さんたちもようやく得物を降ろした。

 お姉ちゃんは牛窪に向けていた視線を私に向け、


「すまない、お前にとっては見るのも辛い相手だろう」


 お姉ちゃんの声色は、聞きなれた優しいものに戻っていた。

 

「私は大丈夫、心配しないで」

「本当か? もし少しでも嫌ならすぐに退散させる」

「罪を償う方法があるなら、それに越したことは無いよ」


 これは私の本心だった。


 シュナ――彼女も何か罪を償う方法があったのではないか。

 あの日以来、時折そんなことを考える瞬間があった。

 殺してしまうより、もっといい方法があったんじゃないかと。


 牛窪が誰かの役に立てるというならば、それを否定する意味はない。


 許せるものならば、許した方がいい。

 生きて罪を償えるのならば、それ以上のことは無い。

 なんと言われようと、それが私の想いだ。


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