頑張ってやっつけるの!
私はエレベーターでバーに戻りながら、ため息をついた。
ハカセの考えが読めない。
あの人ほんとに信用していいのか。
今更だけどそんな考えが頭によぎる。
でも、他にこの体を治すあてもない。
あんなんでもハカセは悪魔研究の第一人者。
国や聖歌隊よりもその研究は進んでいる。
ここに居るのが私にとって最善なのだろう。
ここに居る皆の役に立ちたいとも思う。
それは私の正直な気持ちだ。
これほど深く関われたのがお姉ちゃんと菊さん以来だ。
まだ付き合いはそれほど長くはないけれど、密度はある。
だから、皆の力になれたらと思う。
「うげぁあ~ムリィ~……」
……今は特に。
エレベーターを降りた先に倒れていたのはきらりさん。
昨日帰ってきてからずっとこんな調子だ。
あれだけの激戦の後だから仕方がないだろう。
「うぐぅ~……筋肉が、動かねえ……」
「あー…………っ」
「……喪家の狗」
他の三人も似たような感じだ。
ハカセが言うには長時間繰り返し覚醒したせいらしい。
とにかく、四人とも今までで一番のグロッキー状態だ。
かく言う私も調子がいいわけじゃない。
今回の戦いは長丁場だったから、私にも疲れが残っている。
皆の力になりたいとは言ったけれど、今できるのは声をかけるくらいだ。
この場で唯一元気なのは――。
「皆げんきないの!」
「戦いの後だから仕方ないわ!」
「……んみぃ」
ルディさんの狼三姉妹くらいだ。
この三人は彼女とは疲れはリンクしていないらしい。
皆に構ってもらえずさっきから三人でじゃれ合っている。
「まりやも疲れてるの?」
「あはは、まあね……」
「だったら寝てなさいよ! お掃除くらいならできるよ!」
「……できるぅ?」
一人ちょっと不安だけど今はお言葉に甘えようかな。
ルルちゃんたちと協力して皆を寝室に押し込んで、私も自室に入った。
皆の力になりたいとか言っておきながらこの体たらく。情けない。
少し休んだら夕飯は皆の好物を作ろう。
ベッドに横になってそんなことを考えていたら、まぶたが重くなってきた。
私は眠気に逆らわず、そのまま目を閉じた。
◆
「さあて、二人とも頑張るの!!」
三人の悪魔はおー!と元気よく腕を振り上げた。
その後ろを、なにかが通り過ぎていったのをルルは見た。
ひとつの影が階段を下り、ルルの視界から消えた。
「あれ、今何かいたの」
「……なにかぁ?」
「うん、人じゃないと思うの」
「でも、今この家で動けるのはハカセだけよ?」
「……オバケ?」
「や、やめてよ!!」
「とにかく見に行くの!」
よく聞くと、階下で何か物音がしていた。
三人は手を繋いで慎重に階段を下りて行った。
一階に降りたところで、キッチンから音がする事に気が付いた。
「ゆっくり行くの……!」
狼三姉妹は足音を忍ばせ進んでいく。
そうして、そっとキッチンを覗き込んだ。
そこに居たのは、1匹の犬だった。
しかし、ただの犬ではなかった。
黒い体毛の犬であったが、その頭は二つあった。
ひょろりと長い尻尾は細い蛇になっていた。
冷蔵庫に顔を突っ込み、食料を貪り食っている。
肉類にかぶりつく口の端から、食べこぼしが辺りに散らばっている。
落ち着きなく周囲を見回しながら、焦るように肉を食らっている。
二つの頭のひとつが三姉妹の方を向いた瞬間、三人はぱっと体を引いた。
双頭の犬は数秒動きを止めたが、またせわしなく肉に牙を立てる。
気づかれていないこと確認し、ルルは二人に向き直った。
「二人とも聞いてほしいの!」
「どうしたのよ?」
「……んん?」
「今日は皆疲れてるの! だから――」
「――私たちが頑張ってやっつけるの!」