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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~魍魎千蛇・跋扈~ 編
150/208

当たり前

 私たちは今、帰路についていた。

 ゴブリンの私を始め、悪魔憑きの皆がいつものバンに乗っている。

 今日は皆騒ぐこともなく、静かに座席に腰掛けている。


 悪魔を閉じ込めたキューブを手にしたハカセは、それを持ち帰ると言い出した。

 お姉ちゃんを初め、聖歌隊の人たちは当然難色を示した。

 するとハカセは、突然どこからか呼び寄せたバンに私たちを押し込んで逃げた。


 まともなお別れもできずに逃げて、今に至る。


 私はゴブリンの体のまま、座席に深く体を沈み込ませた。

 この後お姉ちゃんに逃げたこと謝らないと。

 帰ってからでいいや、今日はもう疲れてしまった。


 私は別にいいけれど、きらりさんはもっと話したかっただろうに。

 久しぶり、と軽く言えない重さの時間を、家族と離れて過ごしていたんだから。

 まあ、だから今私の隣で電話してるんだろうけど。


「あはは~☆ 心配ないよ~☆」


 家族と話すきらりさんの顔には、いつもの笑顔が張り付いていた。

 きらりさんにとっては、もうそれが普通の顔になってしまったのだろう。

 でも、時折本当に楽しそうな笑顔になるから、今までとは違う。


 当たり前の笑顔を、きらりさんはようやく取り戻せたんだ。


「うん、嬉しいけどごめん。一緒には暮らせないかな~☆」


 それでも、取り戻せないものもある。

 悪魔憑きとなってしまったきらりさん。

 元の通りに家族と一緒に、とはいかないのだろう。


「うん……わかった、いつでも遊びに来て。皆にも会いたいし」


 失った物も、時間も、取り戻せたりはしない。

 なくなった『当たり前』はもう二度と戻ってはこない。

 そればかりは、悪魔だろうが聖女だろうができないことなのだろう。


 私たちにできるのは、新しい『当たり前』を受け入れることだけ。


 いつものバンに乗って、いつもの家へと帰る。

 すっかり慣れてしまった、私たちの新しい『当たり前』。 

 でも、今となってはかけがえのないものになっている。


 この当たり前は、いつまで続くのだろうか。

 そんなことを考えても仕方がない。

 今は休もう。もうクタクタだ。


 目を閉じて休もうとした瞬間、私の前にスマホが差し出された。

 差し出した人の顔を見ると、感情の読み取りにくい笑顔。

 きらりさんが悪魔のスマホを私に差し出していた。


「あはは~☆ いろはが話したいって~☆」

「ええ、私とですか?」


 きらりさんはにっこりと笑うと、私の返事も待たずにスマホを渡して来た。

 仕方がないので耳に当てると、いろはさんの声が聞こえた。


『すみません、お疲れなのに』

「いえいえ、こっちも最後バタバタ逃げる感じになって……大丈夫でしたか?」

『あはは、あの後聖歌隊さんに怒られました……』

「そ、それは気の毒に」

『でも真理矢さんのお姉さんが取りなしてくれて、すぐ解放されました』


 お姉ちゃんにはちゃんとお礼を言わないと。


『重ね重ねご迷惑を……』

「いろはさんのお陰でたくさんの命が救われたんです」


 本当に、もしいろはさんが行動を起こしていなかったらどうなっていたか。

 聖歌隊がどう対処できたか予想はできないけど、たぶん沢山の命が失われていた。

 だからいろはさんの行動は間違っていなかったに違いない。


「いろはさんは沢山の命を救ったんです」

『……あの、やっぱり真理矢さんは聖女さんなんですね』

「どういう意味ですか?」

『悪魔を閉じ込めた後、泣いてしまったお姉ちゃんを抱きしめてくれていた時、真理矢さん姿はゴブリンでしたけど……なんていうか、とても優しく見えました。今までみてきた聖女様たちよりもずっと――姿はゴブリンでしたけど』


 私は「なんでゴブリンって二回言った?」という言葉を飲み込んだ。

 そうして、ありがとうございますとお礼を言った。


「今度ぜひ、遊びに来てください。ご家族も一緒に」

『はい、必ず――』


 その時だった。


 急にバンが停止し、私は座席から転げ落ちた。

 逆さまで「どうしたんですか」とわめく私に、運転席のハカセが振り向いた。

 ハカセは窓の外をちょんちょんと指で示し、


「お前さんたち、頼むぞ」


 窓から外を見ると、大小の悪魔が廃屋の陰からぞろぞろと出てきていた。

 そういえば、私たちが住処へ帰る時には、近道の危険区を通るんだった。

 そうなれば当然、悪魔達と鉢合わせになる。


「よし、もうひと暴れか!!」

「こっちは疲れているのに……」

「……正面突破」

「あはは~☆ 頑張っていこ~☆」


 いつものようにバンの扉が開かれ、いつものように皆が飛び出す。

 目の前で悪魔の血肉や手足や首が飛び散る。

 そんなスプラッタな光景が、いつの間にか当たり前になった。

 

『だ、大丈夫ですか!?』

「ああ、はい、大丈夫です」

『なんかすごい音してますけど……』

「……いつもの事ですから」


 こんな当たり間はとっととなくなって欲しい。

 日常と化した非日常を前に私は――ゴブリンは今日も嘆いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 嘆いた! 久々に嘆いた! 待ってました! [気になる点] 血が足りない人が えらくいるので 帰りは苦戦かと思いましたが 平常運転で何よりでした。 あ・・・しまった! 前回の感想で ゴブ…
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