その④
火花が飛び散る。
御鬼上さんは襲い掛かるサキュバスの爪を刀でいなし、銃弾で弾いていく。一発でもまともに受けたら死んでしまいそうな攻撃、それをなんでもないように、それどころか時々笑い声を挙げながら御鬼上さんはあしらっている。
「この……ッ!」
サキュバスは顔を歪めると手を大きく振り上げた。小刻みな攻撃の合間の一瞬の隙をつき、御鬼上さんは地を蹴り一気に距離を詰める。サキュバスが慌てて振り下ろした巨大な腕をしっかりを弾いて受け流し、その顔面を斬りつけ撃ち抜き、蹴り飛ばす。
御鬼上さんの数倍はあるサキュバスの巨体はホールまで吹き飛び、瓦礫に埋もれた。だが、決定打にはならなかったようで、土煙をあげ起き上がると、サキュバスはこちらを睨みつけてくる。
「私の顔に……!」
「気に入ったんならもっとぶち込んでやるよ」
「この虫けらが……!」
「うるせえデカブツ!」
御鬼上さんはホールへと飛び込み、また刃を交える。私はホールの入口で二人の戦いを見ているだけで精いっぱいだった。手助けしたかったけど、怪獣映画さながらの戦いの中に飛び込んでいく勇気なんて持ち合わせていない。
「あれ……?」
何度も打ち合っている間に、サキュバスの顔面の銃創や刀傷がみるみる治っていく事に気が付いた。なんという治癒能力だろうか。
「そんな早く傷が治るのか、羨ましいね!」
「そうよ、貴女みたいに醜い傷痕が残ることは無いわ」
「なんだよこの傷が気になるのか、お揃いにしてやろうか?」
「口の減らない……!」
「ひとつしかないんでね、減ったらもの食えねえだろ!」
そんな能力を前にしても、御鬼上さんは不敵な笑みも軽口も絶やさない。
「あんまり挑発しない方がいいんじゃ……」
「なんなのその小鬼、醜いわね視界に入れたくないわ」
「ぶっ飛ばしちゃってください」
私がぼそりと言うと、御鬼上さんはまた大きく笑い声をあげた。
「いいぜ、そろそろケリつけるか……この地獄の刀、『獄刀・阿火』の錆にしてやる!」
「ダサい名前ね、貴女にぴったり」
「好きなだけほざいてろ、口が動くうちにな」
御鬼上さんは銃をしまい、刀を握り直すと目を閉じた。
「黒縄……」
御鬼上さんが何かを呟くと、手にした刀の刀身が小さく分かれ、ひと繋ぎになった。彼女の刀は、一瞬のうちに無数の刃が付いた鞭のような武器へと変貌した。
「つまらない隠し芸……」
「これから面白くなるんだ、よっ!」
その武器を振るうと、刃がまるでうねる蛇のようにサキュバスへと突進していく。だが、サキュバスはその巨体からは信じられない速度で飛び退き、その刃をかわした。ように見えた。
「……ッ!?」
飛び退き着地したサキュバスの全身から血が噴き出した。体のいたるところに小さな切り傷がついていた。
「威力はイマイチだが、手数と速さはこっちのが上だ。そのぶん殺すまで時間かかるから覚悟しとけ!!」
御鬼上さんが腕を振るうと、サキュバスの体から再び血が噴き出す。斬ったところから再生が始まるが、治るより早く新しい傷がいくつも刻まれる。サキュバスは完全に防御体制で、御鬼上さんが一方的に攻撃している。
勝利の予感に、入口で見ていた私はぐっと拳を握った。それと同時に、突然御鬼上さんが横っ飛びに吹き飛んだ。ホールの椅子を何十も巻き添えにして御鬼上さんは地面を転がった。
え、何。
私なんかやっちゃいました?
「痛っで……ッ!」
「悪いけど、隠し芸持ってるのは貴女だけじゃないのよ」
御鬼上さんが吹き飛んだのは私のせいではなかった。の壁から大きな触手のような物、尻尾が飛び出していた。太い木の幹ほどもあるその尻尾が引っ込んだかと思うと、今度は天井から飛び出した。御鬼上さんは飛び起きそれをかわしたが、反撃が届く前に尻尾は引っ込んでしまった。
「モグラ叩きか、嫌いじゃない」
「叩かれるのは貴女の方よ」
「てめえと違って、筋トレ以外で叩かれる趣味はないんでね」
「好きなだけほざいていなさい、ひとつしかない口が動くうちにね」
軽口をたたく御鬼上さんだったが、今度は彼女が防戦に回らされていた。素早い刃はサキュバスの皮膚に届いてはいるがそこまでで、致命傷にはほど遠い。踏み込もうにもサキュバスの尾が邪魔をする。
何かしなきゃ。そんな考えが頭をよぎるけど、暴れまわる巨大な尻尾を目にして足が動くはずもなかった。ただ、吹き飛んだあと残されたドアの枠を握りしめ、声を張り上げた。
「が、がんばれ!!」
その瞬間、小さな刃が私の頬を掠めた。
「痛! なに!?」
「悪いね、ゴブ子ちゃん」
「え――」
御鬼上さんは私の頬に顔を寄せた。唇が頬に当たり、心臓が跳ねあがる。その隙間から舌が熱く柔い舌が頬に触れる。そのまま一気に頬の血を舐め上げられ、私は「ひぅっ」と震える息を吐いた。ぞくぞくとしたしびれが残る頬を、私は骨ばった緑の腕で触れた。
そうです、今の私の見た目はゴブリンです。
「ありがと、助かった」
「あ……」
御鬼上さんの瞳の色に、背筋から全身に震えが伝わる。黒かった瞳は赤黒く染まり、肌の色にまで赤みが差し始める。戦国武将が付けてるような額当てが、伸びてくる二本の角と同化する。彼女は紛れもない悪魔に――鬼になった。
「一体何……?」
「悪いな、遊びはここまでだ」
御鬼上さんの言葉に、サキュバスは眉を吊り上げ尻尾を振り下ろした。その尾が細かく、細かく切り刻まれ、血の霧のように消え去った。気が付けば、御鬼上さんの周りに大量の刃がうねっていた。
ぴっと指差されたサキュバスに、何十、何百と言う刃が襲い掛かる。サキュバスは悲鳴とも怒号とも取れない叫び声をあげ、血の霧に包まれる。
「これが聖女の力か、二回目だがいいね……癖になりそうだ」
私の力であんなことになってんの?
なんか嫌なんですが。
「技名を考えなきゃな」
「なに言ってるんですか?」
「そうだな、衆合とでも名付けようか」
「そんなこと言ってる場合ですか」
人間離れした鬼の見た目で、声も加工したような低い声になっているのに、言ってることはのん気だ。安心したような引いたような。私たちが場違いな会話をしていると、サキュバスが叫び声をあげて刃を弾き飛ばした。
「こんなちゃちな刃で何回私の肌撫でようと意味な――」
血だるまで叫ぶサキュバスの頭上に、いつの間にか御鬼上さんがいた。彼女の手には血にまみれた刃が集まり変形し、巨大なハンマーに姿を変えていた。厳つい鬼が刻まれた厳ついハンマー。
「やっぱ、叩かれるのはそっちだったな」
「……うそぉ」
間の抜けたサキュバスのつぶやきの後、私は次に起こる事を予感して目を閉じた。その直後、ぐちゃ、と鈍い音が私の耳に届いた。恐る恐る目を開けると、巨大なサキュバスの亡骸の上で、御鬼上さんは笑っていた。
「これでサキュバスに憧れる青少年の夢は守られました――と!」