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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~魍魎千蛇・跋扈~ 編
149/208

カエルの悪魔が初めて殺したのは

 蛙田さんはぴょこぴょこと何でもないように歩き寄ってきた。


「ビビらせんなアホ!!」

「え~☆ けぇっこうギリギリだったんだよ~☆」


 叫んだ千晴さんに、蛙田さんはいつもの笑顔で答えた。

 つかみどころのない、感情の読めない笑顔。

 張り付いたような、笑顔。


「ありがと~☆ 皆のお陰で助かったよ~☆」

「そいつはもう大丈夫なのかい?」

「あはは~☆ わかんな~い☆」

「……前途多難」

「まあ待て、私に任せろ。良い研究材料だ」


 皆はいつもの調子で蛙田さんに話しかける。


 でも、なぜだか今の私にはその顔が笑っているようには見えなかった。

 本当にお面でもつけたかのように、無機質に見えた。

 笑顔の形をしているだけの、仮面。


 ああ、今なら分かる。

 その笑顔は見たことがある。

 菊さんが私に一度だけ向けた笑顔と一緒だ。

 

 菊さんが学校の先生をやんわりと追い返した時、私に向けた笑顔。

 ふう、と息を吐いて緊張の糸をほぐしたあの笑顔。

 家族を困らせまいと無理をしていた時の笑顔。


 蛙田さんの笑顔がその記憶と重なった


 でも、蛙田さんの笑顔は菊さんのそれとは少し違う。

 蛙田さんはずっと、ずっと無理に笑って生きてきたんだ。

 無理をしすぎて、その笑顔が張り付いてしまったんだ。


 自分では剥がすことができなくなるほど長く。

 少し笑顔が崩れても、すぐに戻ってしまうほど長く。

 自分の感情があやふやになってしまうほど長く。


 蛙田さんが初めて殺したのは父親じゃない。

 そのずっとずっと前に殺していたんだ。

 何よりも大切な人を。


 他でもない蛙田さん自身を殺していたんだ。


 自分を殺して、弟や妹のために笑顔になったんだ。

 それだけ、家族のことが大好きだったんだ。

 なんて、優しい人だろう。


「あはは~☆ 」

「蛙田さ……いえ、きらりさん」

「ん~? なになに~☆」


「もう、お姉ちゃんしなくていいんですよ」


 ぴたり、と蛙田さんの――きらりさんの動きが止まった。

 横にいたいろはさんはパッと私を見てから、きらりさんに向き直った。

 そうして、黙ったままゆっくりと頷いた。


「あは、は……」


 きらりさんは視線を頭ごとあちこちに向けた。

 少しずつ、彼女の笑顔が崩れてきた。

 口元が震え始め、頭はわずかに上を向いて止まった。

 

 上を向いた瞳から、ぼろぼろと雫が零れ始めた。

 無理やりに弧を描いていた口元が震えと共に崩れていく。

 無機質な笑い声をあげていた喉の奥から、小さな嗚咽が漏れだす。


「こっ……怖かった…こわかったよぉ……」


 顔をこちらに向けたきらりさんは泣いていた。

 頬を染め、しゃくりをあげ、大粒の涙をこぼしていた。

 私が手を広げると、きらりさんは倒れ込むように飛び込んできた。


「皆が居なかったら、いろは……死んでた、そんなの…そん、なの……!」


 そしてそのまま、大声をあげて泣いた。

 きらりさんは私の胸の中で、ずっとずっと泣いていていた。

 今までの抑え込んできた感情を、涙を、一気に吐き出すかのように。


 笑顔の下に居た、優しいきらりさんという人に、ようやく会えた気がした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 昔、そう、20年ほど昔。 偉い女がいましたね。 死にたがりの子に、言いました。 怖いって言えて良かったな。 怖いってことは、 生きたいってことなんだ... 若いのに生死の境を幾度も越え…
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