考えがある
「あ、ありがとうございま……」
「痛ッたぁあああああ!!」
遮ってごめんなさいいろはさん、今それどころじゃないんです。
痛いんです、痛すぎるんです。
痛すぎて逆に痛くないくらい痛いんです。
「引っこ抜いてやれ千晴」
「はいよ」
「ひぃいい! 待って待って抜くの怖いぃいいい!!」
「いいから抜くぞ」
千晴さんが「オラ」と遠慮なしに私の頭に刺さった棘を引っ張った。
ずるるっと引き抜かれる感触が思ったより長くて私は前進が粟立つのを感じた。
そして私の頭から噴水のように血が噴き出る。
「おんぎゃあああ!! 血ぃいいい!!!!」
「今更それくらいで騒ぐな」
「ルディの兄貴にもっとボコボコに殴られたりしたろうが」
「それでも痛いものは痛いんですよ!! 血だらけなんですよこっちは!」
私が千晴さんとハカセに怒鳴りつけると、群体の悪魔が襲い掛かって来た。
ルディさんと花牙爪さんが飛び出し、爪と銃で迎え撃った。
切り裂かれ、撃ち落とされた悪魔たちは僅かに勢いを失ったように見えた。
その隙に千晴さんは高速道路まで飛び、蛙田さんを抱えて戻って来た。
酷い怪我だ。ただの人間だったらとっくに失血死しているだろう。
それに、いつもに比べて治りが遅い。
「お姉ちゃん!」
駆け寄ろうとするいろはさんを、ハカセが手で制した。
そうだ、蛙田さんの血には猛毒がある。
ただの人が触れたらどうなるかわからないんだ。
「やれやれ、しつこい輩は好きになれないね」
「……無尽蔵」
群体の悪魔たちと戦っていた二人が、攻撃の手を止めた。
周囲は悪魔たちの体液や肉片でドロドロになっていた。
けれど、そのひとつひとつからまた再生を始めている。
そして、急にその再生速度が上がった。
それだけでなく、より大きく禍々しい姿に変わっていく。
いきなり何があったんだ。
「おいおい、なんだよ一体」
「怒らせてしまったかな?」
「……怒髪天を衝く」
「……いや、真理矢の血を摂取したんだろうな」
そういえばそうだ。さっき盛大に血をまき散らしてしまった。
え、それで強化されてしまったんですか。
これ私のせいですか。
「あ~あ、どうすんだよこれ」
「し、仕方ないじゃないですか! 仕方ないですよね!?」
「う、う~んまあ……」
「……自縄自縛」
「やめてくださいよなんか私が悪いみたいになるの!!」
「わちゃわちゃやってんじゃない。さっさと対策を――」
「……私に、考えがあるの」
声の主は蛙田さんだった。
ふらふらと震える足で立ちあがり、こちらを見据えた。
その口は無理やりに弧を描いていたけれど、目は真剣だった。
「準備まで時間がかかるから、時間を稼いでほしい……」
「お姉ちゃん……!」
遠巻きに心配そうな視線を向けるいろはさんに、蛙田さんは顔を向けた。
そして、いつもの笑顔を――いや、違う。
その笑顔は、いつものつかみどころの無いものではなかった。
何か、決意のようなものが見て取れた。
「いろは、あなたの協力も必要なの」
「え……?」
「私に、協力してくれる?」
「も、もちろんだよ!」
力強く返事をするいろはさんを見て、蛙田さんも頷いて返した。
「時間を稼ぐって具体的にはどうすりゃいい?」
「私が思いついた罠を設置するから、それまで私といろはを守って」
「その罠は効果があるものなのかい?」
「大丈夫、いくら再生しても意味の無い罠を作れるはず」
「……何分必要?」
「10分、いや5分で作る。あと、聖歌隊が使ってた装置もあれば……」
強化された群体の悪魔が、一斉にこちらに襲い掛かってきた。
ビルごと飲み込むような勢いで来た悪魔達を、私たちはギリギリかわした。
地面に降りて振り返ると、さっきまで居たビルは砕けた瓦礫に変わっていた。
大きく禍々しく変貌した悪魔達がまた私たちに狙いを定めた。
突っ込んでくる、そう思った時に数本の青い光が悪魔たちを薙いだ。
聖歌隊、お姉ちゃんたちの部隊だ。
「おい、無事か!!」
「ああ! だが真理矢はもう駄目だ!!」
「なんだって!!!」
「違う! 生きてるが戦いには参加できないからそっちで保護してくれ!」
「言い方を考えてくれ!!」
「そんなことより悪魔を呼び寄せる装置があっただろう、それをよこしてくれ!!」
お姉ちゃんが指示を出すと、例の装置が私たちの前に運ばれて来る。
蛙田さんが「使い方を教えて」と運んできた聖歌隊の人に頼む。
聖歌隊の人たちが絶え間なく攻撃を加えているお陰か、まだ悪魔たちはこない。
「無事、ではないが生きていてくれてよかった真理矢」
「ぼろぼろだけどね……」
私をみてほっと息を吐いたお姉ちゃんは、いろはさんを見て動きを止めた。
「君は……なぜここに?」
「詳しい話は後でするよお姉ちゃん。今はあいつらを倒そう!」
「ああ、そうだな……!」
「こっちに考えがある、お前さんたちはこっちと協力してあいつらを抑えてくれ!」
「了解した!」
お姉ちゃんは飛び立ち、聖歌隊の人たちと共に悪魔に斬りかかる。
千晴さんたちも武器を構え、悪魔達に向かって行く。
そして、蛙田さんは装置を抱えたいろはさんと一緒に駆け出した。
横たわる私の横で、ハカセはどこからか水筒を取り出した。
湯気の立つコーヒーをカップに注ぎ、一口すすった。
ごくりと喉を鳴らして飲み込むと、カップを高らかに掲げた。
「害虫駆除だ! 気合入れていけ!!」