避難
何が起きたか分からなかった。
突然の警報、そして混乱。
私たちはその渦の中に居た。
おびえる妹や弟たち。
私一人じゃ皆をなだめられない。
私は――きらりお姉ちゃんとは違う。
「いたぞ! あそこだ!」
突然、聖歌隊の人たちが人並を押し分け私たちの前に来た。
避難誘導している人たちとは違う、武装した人たち。
彼らに導かれるまま、私たちは人の流れから出された。
「あの、一体……?」
「いろはさんですね!?」
「え、ああ、はい……」
「君は我々と一緒に来てくれ!」
「ま、待ってくださいきょうだい達が!」
「安心してくれ、我々が避難させる」
隊長と思われる男性は近くに居た聖歌隊に指示し、乗り物を呼び寄せた。
上空から降りてきた白い小型輸送機のようなものに、皆が乗るように案内された。
不安そうな顔で見上げてきた皆を、私は笑顔で元気づけた。
でも、皆は不安そうな顔のままで頷くだけだった。
そのまま輸送機に乗り込む皆の背中を見送る。
ああ、やっぱり私はお姉ちゃんみたいにはなれない。
感傷に浸っている暇もなく、私は別の乗り物に乗せられた。
さっき皆が乗ったものとは違い、明らかに軍事用と分かるものだった。
その乗り物を、ジェットスキーのような小型飛行機に乗った聖歌隊が護衛につく。
私の前に、先ほどの隊長が腰掛ける。
今の状況について聞く前に、彼が口を開く。
「突然すまなかった。驚かせてしまったね」
「い、いえ……」
「これから伝える事は更に君を驚かせると思う、心して聞いてくれ」
なんなんだ、一体何が起こっているんだ。
思考がまったくまとまらない。
「君はね、悪魔を呼び寄せているんだ」
「呼び寄せてるって……」
「言葉の通り、遠くに見えるあの悪魔達は君をめがけて来ているんだよ」
窓の外を隊長さんが顎で指し示し、反射的にそちらを向いた。
遠くに、鳥の群れような黒い点が無数に見える。
あれが全て悪魔だっていうのか。
そしてそれが、私に向かってきている?
「我々の開発した兵器よりもさらに強い力で悪魔を呼んでいる」
「じ、じゃあこれは、この騒ぎは私のせいなんですか!?」
「落ち着いてくれ。確かに今は非常にまずい状況だ。今の君の発言も否定しない」
「そんな……」
「だが、君の協力があれば、被害を最小限に抑えられるかもしれない」
「わ、私にできることがあるなら……」
「よし、では迎撃拠点まで一緒に来てくれ。そこに呼び寄せて食い止める」
「お、囮になればいいんですね」
「安心してくれ、君は個人用防護シェルターに避難してもらう。危険はないよ」
話しているうちに、輸送機が着陸した。
隊長さんに待つように言われ、浮かしたお尻を元に戻した。
彼が出て行くと、深くため息を吐いて肩をさすった。
正直、何が何だか分からない。
ただ、ひとつだけ。
私のせいで大変な事になっているという事は分かる。
またなのか。
また私のせいで誰かが傷ついてしまうのか。
でも私にはどうすることもできない。
「はい、こちら保護区! こ、これは天女様!」
『その呼び方はやめろ』
輸送機から降りたばかりの隊長さんが、無線機を取って声を出す。
漏れ聞こえる声は、小さな子供の声のようにも聞こえた。
尊大で、自身に満ち溢れた幼い声。
「対象を確保し、迎撃拠点に輸送しましたので今から……」
『やっつけ仕事の拠点なんざクソの役にもたたねえよ。本部に連れてこい』
「ほ、本部へ? しかしそれでは……」
『次を考えろアンポンタン。そこで貴重なサンプルがおっ死んだらどうすんだ』
「彼女が本部に向かったら、住民が危険です!」
なにか言い争っている。
いや、それよりももっと一方的な印象だ。
上からの指令に、ただ困惑しているといった感じだ。
それに今話しているのは私のことだろう。
私を本部に連れて行く、と言っていた。
私は悪魔を呼び寄せているのに。
さっきまで私と一緒に避難していた人たちは本部に向かっていた筈だ。
それも、みんな徒歩だった。
道路は渋滞していて、とても乗り物では行けない状況だった。
私は輸送機で運ばれるだろうから、彼らより先についてしまうだろう。
そうなったら、あの人たちは一体どうなるんだ。
呼び寄せられた悪魔たちに……殺されてしまうのではないだろうか。
『そこでしくった方が危ねえって言ってんだアホンダラ』
「そ、それは……」
『本部までには防護壁が……バリアっつーのか? とにかくそれがあんだろ』
「はい、ありますが」
『そこに防衛線を張れ。ばらばらアホみてぇにバラけるよかナンボかマシだろ』
「りょ、了解しました……」
『私もすぐ戻る。いま猛ダッシュで戻ってっからそれまでもたせてろ』
「も、もちろんです」
『たぶん間に合うだろ――例のカエルだか触手だかの悪魔憑きが時間を稼いでんだろ?』
触手? たしかきらりお姉ちゃんはそんなものを使っていた。
輸送機の窓から遠くに見える悪魔達の影を見た。
そこに、一つの影が見えた。
その顔は見えるわけもなかった。
人であるかも分からないほど遠かった。
でも私にはなぜかわかった。
あれは、きらりお姉ちゃんだ。
お姉ちゃんが戦ってるんだ。
また皆を守ろうとしている。
あの時と形は違うけど、本質は変わらない。
また私のせいでお姉ちゃんが傷ついている。
また私のせいで誰かが命の危険にさらされている。
それでいいの?
私はまた誰かに守られるの?
そのせいで誰かが死んでしまっていいの?
大切な家族が傷ついてもいいの?
「なっ! おい君!!」
気が付いた時には、聖歌隊の小型飛行機に乗り込んでいた。
ジェットスキーなら施設の旅行で乗ったことがある。
あれと同じなら動かせる。
私は止めようとする聖歌隊を振り切り、迎撃拠点の外へと飛び出した。