大蛇の悪魔
「来るぞ!! 陣形を崩すな!」
お姉ちゃんの叫びと同時に、紫の大蛇はその三つの首をこちらに突き出した。
電車の車両よりもはるかに大きい首が、電車以上の速さで突っ込んでくる。
そのうちのひとつが私たちに襲い掛かってくる。
「ぎゃあああああ!!」
私の悲鳴は鈍い金属音と後ろに抜ける暴風でかき消された。
大蛇の両牙を、千晴さんが刀で、花牙爪さんが爪で受け止めていた。
いつの間にか、覚醒した姿になっていた。
いきなりその姿になるほど、今危なかったのか。
「「だぁあああああ!!」」
二人の叫び声と共に火花が一筋流れ散り、大蛇の首が上空へと流れた。
受け流した二人は瞬時に構えなおし、大蛇の頭に向けて得物を振りぬいた。
斬撃が飛び、重なり、大蛇の大首を切断した。
ように見えたけど、大蛇の首はそのままだった。
いや、違う。切断した頭は私たちの目の前に落ちてきた。
目にもとまらぬ速さで再生しただけだ。
「あぁ!? なんだありゃ!?」
「これくらいは想定内だろう!」
耳の生えたルディさんが「紫陽!」叫ぶと、花牙爪さんはバキボキと体を変形させた。
四つ足で駆け出した花牙爪さんに、ルディさんが飛び乗った。
暴れ馬のように駆ける花牙爪さんの上で、上半身をぴくりとも動かさず銃を構えた。
再生した首でこちらを見下ろしていた大蛇に向け、ルディさんが引き金を引く。
飛び出した三つの弾丸を、大蛇は首をうねらせ躱した。
筈だったが、弾丸が軌道を変えてうねる大蛇を捉え、三つ風穴を開ける。
ぐらりと体制を崩した大蛇だったが、すぐにボコボコと細胞が再生してしまう。
「そういう再生もできたのかい?」
大蛇はルディさんたちに狙いを変え、大口を開けて威嚇した。
そう言えば、他の二つはどうしたんだろう。
目の前の大蛇から意識をそらした瞬間、私はぐいと何かに引っ張られた。
その瞬間、私が居た場所に大蛇が尾が叩きつけられた。
地面を割り、地響きで周囲の廃ビルが震える。
私はその様子を上空で見下ろしていた。
「あはは~☆ 危なかったね~☆」
私を抱えて飛んでくれたのはカエルに似た姿になった蛙田さんだった。
震える声で「ありがとうございます」と何とかお礼は言えた。
空中に居る私たちに狙いをつけた蛇の頭に、また銃弾が撃ち込まれる。
大蛇は目標を地上のルディさんたちに変え、地表へと頭を向けた。
蛙田さんが片手でスマホをいじり、スマホからどす黒い色の液体が噴出した。
液体は私たちの頭上で広がり、パラシュートのように形を整えた。
「あはは~☆ 天使さんたちもすごいね~☆」
蛙田さんにしがみついたまま、私は地上を見下ろした。
大蛇の悪魔が巣穴から体を出しているけれど、まだ全身は見えない。
首の根元は繋がり、さらに巨大な体となって巣穴の奥から這い出てきている。
聖歌隊の人たちも、そんな大蛇に全力で立ち向かっていた。
隊列を組み、正確な動きで大蛇にダメージを与えているようだ。
その証拠に、大蛇の肉片がそこかしこに飛び散っている。
上から見るとなかなかの地獄絵図だ。
いや、地上はもっと地獄みたいになってるけれども。
「あれ……?」
のん気な事を考えていると、あるものが目に入った。
お姉ちゃんと思しき人が、三つ首の根元、繋がった胴体部分を斬りつけた。
その斬り口はすぐに閉じてしまったけど、その中に赤い何かが見えた。
何か、コアのようなものが。
「真理矢!!」
地上に降りると、お姉ちゃんも空から降りてきた。
ちょうどいいと、さっき見たコアについて話すと、お姉ちゃんは頷いて無線機をつけた。
聖歌隊に胴体部分を攻撃するように指示すると、すぐに数人が応答した。
数秒後、三人ほどが大蛇の胴体を斬りつけ、またコアのようなものが見えた。
しかし、今度は大蛇も気が付いたのか、巣穴から尾のようなものが飛び出した。
聖歌隊の二人がかわしきれず、しなる尾を受け吹き飛ばされた。
「おい! 大丈夫か!?」
お姉ちゃんが裏返った声で通信機に向かって叫んだ。
通信機の向こう側からは、痛みにうめくような声しか聞こえない。
「しっかりしろ! 状況は……」
『失礼、私だ。吹き飛ばされた二人を保護した』
通信機から、ルディさんの声が聞こえた。
激しく地面を蹴る音も聞こえるから、花牙爪さんも一緒の様だ。
「そうか、すまない。状態は!」
『かなり重傷だ。死にはしないだろうが離脱させるべきだ!』
お姉ちゃんは了承し、通信機を切った。
次の瞬間、巣穴から無数の紫の尾のようなものが飛び出した。
尾は体にへばりつき、コアを守っているようだった。
「真理矢、お前も下がるんだ!」
「大丈夫なの?」
「心配ない! 奴の弱点を見つけてくれただけで十分だ!」
「わ、わかった!」
「お前は真理矢を守ってくれ!」
「あはは~☆ りょうか~い☆」
そう言うと蛙田さんは私を抱えて飛び跳ねた。
空中で背後を振り返ると、三つの紫色の首が暴れまわっているのが見えた。
何もできないことが悔しいけど、あそこに居てもできる事はなさそうだ。
私は自分の無力さを悔い、お姉ちゃんや千晴さんたちの無事を祈った。