悪魔の装備、聖の装備
次の日、蛙田さんは元に戻っていた。
いつもの様に張り付いた笑顔で挨拶してきた時はほっとした。
引きずっていたらどうしようかと思っていたけど、それは杞憂だったようだ。
いつもの様に皆と朝食を済ませると、手早く片付けて準備に取り掛かる。
今日は聖歌隊と一緒に魔屍画に向かわなければならない。
あそこに出てくる悪魔は桁外れの強さだ、きちんと備えて行かなければ。
「よーしお前さんたち、例によって新装備のお披露目だ」
シャカシャカと何か振るような音とともにハカセが現れ、何かを机に置いた。
それはタブレット菓子のケースのように見えた。口の中がスッとするあれだ。
でも、そのケースは白の無地で商品の様には見えなかった。
「今回は小型のタブレット式にした。持ち運びに便利で気軽に食えるぞ」
「ひとの血肉を気軽に食べてほしくないんですけど」
「食べやすいからって二つも三つも食うなよ? 効果は今まで一番だ」
「あはは~☆ こんな小さいのに~?」
蛙田さんが掌に出したものは、市販のものと変わりない大きさだった。
ただ、その色はケースに反して赤黒い不気味なものだった。
まあ、私の血とか肉で出来てるんだから当然ですけど。
「真理矢の血肉は悪魔に順応してきてる。それでいて聖素はそのままだ。だから悪魔のお前さんらも効率よく聖素を取り込み、より深く覚醒できるようになってる」
悪魔に順応。だから私の体も悪魔に近くなっているのだろう。
このままいくと、私はどうなるんだろうか。
理性の箍が外れた悪魔憑きになってしまうのだろうか。
……やめよう、今は目の前のことに集中だ。
私が気を取り直している間に、皆がタブレットケースを受け取った。
それと同時に玄関扉がノックされる音が聞こえた。
ハカセが「どうぞ」と言うと、完全武装した聖歌隊が一人入って来た。
まっすぐこちらに歩いてきたのは、お姉ちゃんだ。
手には白くて大きなアタッシュケースのようなものを持っている。
一度私に視線を向けてほほ笑むと、ハカセに向かって、
「今日はよろしく頼む」
「ああ、こちらこそ」
ぴっと差し出されたお姉ちゃんの手を、ハカセがゆるりと掴む。
握手が終わると、お姉ちゃんは机にアタッシュケースを置いた。
覗き込んだハカセが「これが例の?」と言うと、お姉ちゃんは頷く。
「今日はこれで悪魔を呼び寄せる」
「そんなことできるの?」
「実用可能なレベルではあるよ」
「そんなもんどうやって作ったんだ」
千晴さんが顎で動かして尋ねると、お姉ちゃんは背筋を伸ばして答える。
「聖女の一部に、悪魔が好む性質の聖素を持つ人材が居るとわかった。その聖素と似た物質を放出できるのがこの機械だ。これで魔屍画の底に住む悪魔を叩く」
ハカセが肩を鳴らして「どうやってみつけた?」と問いかける。
「パトロール中にやけに悪魔との遭遇率が高い部隊がいくつかあった。幸い死者や重傷者は出なかったが、なぜ特定の部隊だけ襲われるのか、調査が入ったらしい。そこである聖女と行動を共にした部隊が悪魔との遭遇率が高いことが分かった」
お姉ちゃんの言葉に、千晴さんが身を乗り出す。
「それならその聖女本人使えばいいだろ」
「馬鹿だなお前は、聖女を危険に晒してどうする」
「守ればいいだろが」
「仮に失敗した時、悪魔を引き連れて逃げる事になる」
「なら、増援なりなんなりで迎え撃てばいいだろ」
「私たちと違って聖歌隊の本拠周辺には大勢の民間人がいるんだぞ?」
「ああ、まあ……それはめんどくせえな」
千晴さんはソファの背もたれに寄りかかった。
だけど、お姉ちゃんは「それもあるが」と話を続ける。
「これは安定性に欠けるんだ。その人間の感情の浮き沈みによって効果が増減する。しかもその感情も固定されていない。つまりある時は喜びによって放出されても、次は悲しみや怒りの感情でしか発生しなくなる。その変わる周期も分単位、時間単位、日付単位とバラバラだ」
「……それを実用可能なレベルまでもってきた装備がこれってことかい」
ハカセが装置を軽く叩いた。
叩いていいのかと思ったけれど、お姉ちゃんの反応はないのでよかったらしい。
「実地試験を繰り返し、ようやく使用の許可が出た。だが、恥ずかしながら我々はいまだに魔屍画に入ったことがない。そこで君たちに応援を頼んだというわけだ」
「なるほどな、だが現地行ったらホールドアップってんじゃないよな?」
「そんなことするはずがないだろう。君たちは魔屍画の排除の一番の功労者だ。それに、妹のために戦ってくれた恩人だ。その恩は忘れない」
お姉ちゃんのまっすぐな言葉に、千晴さんは「悪かった」と両手を持ち上げた。
「だが、流石に部下達全員をここに連れてくることはできなかった。少なからず悪魔憑きに偏見を持つ者もいる。君たちに斬りかかりはしないだろうが、現地に先に向かわせた。魔屍画の危険区域前で待機している」
聖歌隊の人たちは悪魔や悪魔憑きから皆を守るのが仕事だ。
悪魔憑きを良く思わないのは当然の事だろう。
聖歌隊の中には、私みたいに悪魔に家族を殺されてしまった人もいるんだろう。
私だって、千晴さんたちに会っていなかったら怖い存在だと思っていた。
だけど、悪魔憑きの中にもいい人はいる。いつかそれを皆に知ってもらいたい。
そのためにも、一刻も早く悪魔達の被害を無くさなければならない。
今日向かう魔屍画に居るのは、たぶん恐ろしい方の悪魔だ。
人に憑き、あるいはそのまま人を手にかける、倒すべき相手。
未来のために、倒さなければならない悪魔。
「さあ、行こうかお前さんたち」
ハカセの言葉に、気持ちを引き締め直した。