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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~魍魎千蛇・跋扈~ 編
132/208

13人のきょうだい

「恨みって、何があったんですか?」


 いろはさんが俯き言いよどむ間に、千晴さんたちが戻って来た。

 ひとまず蛙田さんは自分の部屋に寝かせたとのことだった。

 皆がそれぞれに席につき、いろはさんの言葉を待つ。


「お嬢さん、あいつがあんなことになったのは初めてなんだ。あいつを保護している立場として、どうしてあんなことになったか確認したいんですがね」


 コーヒーを啜りながらハカセが言うと、いろはさんは顔を上げた。


「姉は……私たちを守ってくれたのに、私が酷い事を……」

「私、たち?」

「きょうだいの事です。私たちは13人きょうだいなんです」


 千晴さんが「13人!」と頓狂な声をあげる。

 ルディさんに窘められ、「悪い」と謝った千晴さんだったけど、私も驚いた。

 きょうだいがいる事も知らなかったし、そんな大家族だったなんて。


「一番上の姉がきらりです。私が次女で……とにかく姉は私が…あ……悪魔に襲われているところを助けてくれたんです。私が中学の時です。それで、私は姉を、あの時……」


 いろはさんの話を、私たちは辛抱強く聞いた。

 話しづらい事だというのは誰にでも分かる。

 彼女が上手く言葉を紡ぐまで私たちは黙っていた。


「姉は私を助けるために……人を殺したんです――」


 どくんと心臓が跳ねた。

 薄々は分かっていたけれど、言葉にされると重みが増す。


「そうまでして助けてくれた姉に向かって、私は酷い事を口走りました……目の前で姉があいつを殺して……ショックで、怖くて……ええ、子供だったからだなんて言い訳は通用しないことは分かっています。でも、もしかしたら許してくれるんじゃないかって甘い考えで今日ここに……」


 一息にそう言ったいろはさんは、そこで言葉を切った。

 それから深く息を吸い込み、震える息を吐き出した。

 そういて、青白い顔で自嘲めいた笑みを浮かべた。


「ですが、姉は私を許すつもりはないってことが分かりました。もう妹だなんて思ってはくれない。それが分かっただけでも……いえ、姉が生きていてくれたのだと分かっただけで十分です」


 いろはさんは「姉は私に死んでもらいたいのでしょうけど」と悲しい事を言った。

 何と声をかけていいか分からず、私はただ視線を泳がせた。

 沈黙の中、静かにいろはさんは立ち上がった。


「お騒がせして申し訳ありませんでした。私はこれで……勝手なお願いですが、姉に伝えて貰えますか。私が、謝っていたと……」


 いろはさんが深々と頭を下げるので、私たちは口々に了承の返事を返した。

 頭を上げ「ありがとうございます」と言った彼女の顔には、少し色が戻っていた。

 それから私たちをひとりひとり見て、笑みを浮かべた。


「姉は皆さんと新しい人生を歩んでいた。これ以上ないことです。私が入って来る前、姉の笑い声が聞こえました。皆さんは、とても優しい方なんですね。本当に、本当にありがとうございます……私にそんなことを言う資格はありませんが……」


 私たちは返事にもならない曖昧な返答を返すことしかできなかった。

 いろはさんは「それでは」と小さく言うと出口へと向かった。

 去り際にもう一度深々と頭を下げて、扉の向こうに消えていった。


「で、結局私らは何したらいいんだ?」

「何って、彼女の言葉をそのまま伝えるだけさ」

「そんなんでいいのかよ。きらりの家族は……生きてんだぜ」

「今はきらり自身が会う事を望んでいない。無理に引っ掻き回すことは無い」

「そうですね、とりあえずきらりさんに伝えるしか……」

「……糠に釘」

「でもよ……」

「――気になるねぇ」


 私たちが顔を向けると、声の主はまた一口コーヒーを啜った。


「さっきの話だが、きらりが殺した相手を彼女は初め『悪魔』だと言っていた。だが次の時に彼女は『人』と言った。そしてその次には『あいつ』と。気にならないかねお前さんたち?」


 確かに、その部分は少し気にかかっていた。

 いろはさんが『あいつ』と言った時、僅かに様子が変わった。

 恐怖と憎悪が混じった、嫌な気配を彼女から感じた。


「このままきらりが元に戻ればよし、戻らないなら問題だ。明日は大事な仕事がある」

「大事な仕事ってなんだよ」

「さっき聖歌隊の社長様からご連絡があってね。明日の正午、魔屍画のひとつに聖歌隊が向かうそうだ。その補助をしてもらいたいとの依頼が来ててね」

「ずいぶん急じゃないかい? こちらは準備もなにもしていない」

「……轍鮒の急」

「周辺の悪魔の動きが活発になってきている。装備の増強のめどが立ったから急遽決まったらしい。と、いうことで作戦に支障があると困る。きらりも大事な戦力だからな」


 ハカセはマグカップを置くと、くるりと椅子を回して私を見た。


「だから、きらりの話を聞いて来てくれ」

「わ、私がですか!?」

「お前さん以外はこういうのに向いてない。分かるだろう?」

「わ、分からなくもないですが今すぐにって言うのも……」

「きらりの様子も見ないとだし、ついでに軽く聞いて来てくれないか」

「軽くって、そんな風に……」

「悪かった失言だ、謝る。だが、話を聞くことで気が晴れることもある、だろ?」


 黒い義眼をぎょろぎょろと動かした後、ハカセは私に向けて手を合わせた。

 ハカセがこんなことをするのは珍しい。

 まあ、話題に対して軽々しすぎる頼み方ではあるけど。


 でも確かに、話すことで心のもやもやが晴れる事はある。

 それにいろはさんの伝言も伝えなければならない。

 麻酔薬を打たれた蛙田さんの事も気掛かりだ。


 色々な動機に押され、私は固い首を縦に振った。


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