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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~魍魎千蛇・跋扈~ 編
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異変と異変、それから異変

 蛙田さんの異変は家に戻ってからも続いた。

 

 帰るや否や、「夕飯は私がつくる」なんて言い出したのだ。

 普段は料理なんてしないのに、キッチンで鼻歌交じりに何かを作っている。

 千晴さんやルディさんの時みたいに思いつめた様子ではない。


 だけど、あの二人の時と同じ感じがするんだ。

 私の知らないところで、黒く淀んだ何かが蠢いているような気配。

 そんな気配を察せられるようになってしまった。


 それは経験からなのか、それとも――私の体の変化によるものか。


 この間気が付いた時よりも、私の体の変化は進んでいた。

 耳の尖り方はますます人外に寄り、個性では済まされない域に片足が入っている。

 それに何となく、髪質や肌の質感も変わってきている気がする。


 え、このままゴブリンがデフォになるの?

 嫌とかそういうレベルじゃないんですが。

 なんて思ったけれど、ゴブリンの時とは少し違う。


 ゴブリンの時は肌なんて荒いスポンジを撫でているみたいだ。

 僅かに残っている体毛もタワシのように固くとげとげしい。

 それに耳の尖り方も歪で、今の私とは少し違う。


 定期的に健診してもらってはいるけれど、体調的には問題なし。

 暴力的な衝動に襲われることもないので、悪魔に憑かれたわけでもない。

 結局はハカセの解析結果待ちだ。


 幸い、顔全体のつくりや体自体はまだいつもの私のままだ。

 あることないこと悩んでも仕方がない。

 何か悩んだならまずは好きな事を、だ。


 ガーデニングかお掃除か、お料理は……いま蛙田さんが使ってるか。

 そうだ、蛙田さんと一緒にお料理しようかな。

 好きな事を一緒にすれば、何か掴めるかもしれない。


 そう思って洗面所を後にした私の耳に、蛙田さんの声が届いた。


「あはは~☆ 出来たよ~☆」


 どうやらお料理は終わってしまったらしい。

 仕方ない、また今度誘えばいい。それにガーデニングやお掃除でもいいんだ。

 定位置でご飯を待っていた皆の元へ、バーカウンターの奥から蛙田さんがやって来た。


「待ちくたびれたぜ、だからデリバリーにしようって言ったんだ」

「せっかく作ってくれたのにそう言う事言っちゃ駄目ですよ」

「そうだぞ、まったくお前はデリカシーがない」

「……空腹は最上のソースなり」


 蛙田さんは机に大きなお皿を置くと、そこに向けて手にした袋を逆さにした。

 袋からごろごろと出てきたのは黄色くて俵型の何か。

 これは卵焼きだろうか。でも、なんで袋から?


「ポテトチップスオムレツ~☆」

「あ~なんか動画で見たことあります!」


 確か砕いたポテトチップスに卵液を入れて湯煎するんだったか。

 蛙田さんの手にした袋はのりしお、コンソメ、ピザ……うん、美味しそう。

 ほかほかと立ち昇る湯気はジャンクな匂い。


「へえ、美味そうじゃん」

「あはは~☆ 私の得意料理~☆」

「料理と言っていいのかなこれは」

「……飢えては食を択ばず」

「さっきから微妙に失礼ですね花牙爪さん……」


 蛙田さんはつかみどころの無い笑顔のまま、花牙爪さんの隣に座った。

 ……あれ? 他には何もない感じ?


「あはは~☆ どうかした~?」

「いや、どうかしたじゃなくてよ……」

「あ~☆ お箸なかったね~☆」

「そうじゃなくてだね……」

「味変でケチャップも欲しいかな~☆」

「……これしかない?」

 

 花牙爪さんの問いかけに、蛙田さんはまた感情の読めない笑みを浮かべ、


「あはは~☆ 私これしか作れなかった~☆」

「それでよく飯作るなんて言ったなお前!!」

「お菓子なら色々あるよ~☆」

「……お菓子もいいけど、ごはん……」

「菓子で腹が膨れるか!!」

「なになにお菓子なの!?」


 銃形態から女の子の姿に戻った三人も合わさってもう収拾がつかない。

 騒ぎの中、ルディさんがそっと「何か頼んでくれるかい?」と私に耳打ちした。

 今から私が作ってもいいけど、千晴さんと花牙爪さんは待ちきれないだろう。


 ルディさんに頷いて見せ、私は立ち上がった。

 それと同時だった。騒いでいるみんなの向こう側の、玄関扉が開いた。

 ためらうように、ゆっくりと開かれた扉から、おずおずと誰かが顔を覗かせた。


「あれ、貴女は……」


 そこに居たのは、蛙田さんを探していた……いろはさんだったかな。

 いろはさんは申し訳なさそうな顔で、扉から上半身だけ出して頭を下げた。


「あの、こちらは『デビルバニー』さんでよろしいでしょうか」

「はいそうです。確か昼間の……」

「いろはです。先ほどはどうも……」

「そうだ、蛙田さんこの人が――」


 蛙田さんの顔を見て、ぞわりと全身が粟立った。

 

 彼女の顔からは、感情が読み取れなかった。

 いつもみたいなつかみどころのない笑顔のせいではない。

 今、蛙田さんはなんの感情も顔に出していなかった。


 目と鼻と、口と、顔のパーツがあるだけの何かがそこにあるだけだった。


 ああ、この感覚は知っている。

 千晴さんとルディさんの時と同じだ。

 誰かの過去が、晒されてしまう時の気配だ。


 瞬時に凍り付いた空気の中、いろはさんは扉の陰からこちらに出てきた。

 ゆっくりと前に出した足は震えていたけれど、真っ直ぐ蛙田さんを見ていた。

 それから何度も何度も喉を鳴らし、かすれた声で小さく呟いた。


「――きらりお姉ちゃんだよね……!?」


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