むしろいいこと
「蛙田さん、どうかしましたか?」
私が聞いても、蛙田さんは貼り付けたような笑顔で首を振るだけだった。
その笑顔自体はいつもの笑顔だけれど、なんとなく様子がおかしい。
様子がおかしいのもいつもの事だけど。
とにかく、なんだか蛙田さんに元気がなくて、ほとんど喋りもしない。
施設の廊下にいる彼女を見つけてから、ずっとこんな調子だ。
今は帰りのバンの中だけど、いつもだったら皆と一緒に騒いでいるはずだ。
そう、外に飛び出て悪魔たちを虐殺するはずなのだ。
「オラオラ死ねぇえええ!!」
ぶっそうな台詞と共に千晴さんが悪魔を切り刻んでいるのが見える。
その隣ではルディさんが悪魔を脳天を三枚抜きし、襲い来る悪魔の頭を殴り潰す。
頭上を飛び跳ねる花牙爪さんの口や爪には悪魔の死骸が幾体もぶら下がっている。
窓の外ではスプラッタ映画顔負けの地獄絵図。
運転席でのんきにコーヒーを啜っているハカセの存在も狂気に拍車をかけている。
そしてそんな状況に対してあまり反応しなくなった私自身も狂ってます。
出かけた後、帰りがけに危険区を回って悪魔を駆除するのは恒例行事だ。
いつもの蛙田さんなら嬉々として戦いに参加するはずなのに、黙って座っている。
これで少しは喋ってくれるのなら、そういう日もあるのだろうと思えるんだけど。
何かあったとしか思えない。
それなら力になってあげたい。
だけど、何を聞いても笑顔で首を振るばかりだ。
「あはは~☆ なんか心配してる~?」
「まあ、いつもと様子が少し違うのでなにかあったのかなと……」
「だいじょぶだよ~☆ むしろいいことがあったんだ~☆」
「いい事? 何ですか?」
「あはは~☆ それは秘密~☆」
蛙田さんはそれだけ言うと、黙って悪魔じみたスマホの画面をいじりはじめた。
どうやら続きを離すつもりはないらしい。
『いい事があった』というのは本当みたいだし、とりあえずは大丈夫かな。
「おっし、大体片付いたろ!」
がらりと大きな音を当ててバンの扉が開き、千晴さんが戻って来た。
体中血に染まっているけど、全部返り血の様だ。
そのまま車内に乗り込んで来ようとするので、慌てて手で制す。
「ほらほら、そのまま乗らないでくださいよ」
シートが汚れるでしょうとタオルを投げ渡す。
千晴さんは「サンキュ」と言って受け取り体についた血を拭い始めた。
血まみれの人が現れたのに、『シートが汚れる』ね。
すっかり毒されてしまった、自分の行く末を嘆いた。
お久しぶりです・・・!
ようやく落ち着いてきたので少しずつ更新していきます。
またお付き合いいただければ幸いです。