一人の少女
子供たちのはしゃぎ声が聞こえる。
その子供たちを世話する職員の頭上の空に、小さな人影がいくつか見えた。
天使を模したその装備で空を飛ぶ彼らは、聖歌隊の隊員たちだった。
無邪気に笑う子供たちを守るため、周囲を警戒していた。
ここは、聖歌隊の庇護下の街。
関東周辺にいくつもある、ありふれた街のひとつ。
そんな街に、一人の少女が居た。
16歳の彼女は、保育施設の職員として子供たちの世話をしていた。
彼女には身寄りがなく、日銭を自分で稼がなければならなかった。
彼女はこの施設の寮に住み、幼い家族もこの保育施設に預けられていた。
10人以上も居る家族を養う日々は忙しく、大変なものだが不幸ではなかった。
家族と共に平和に暮らせるだけで、彼女は幸せだった。
ただ、ひとつだけ彼女の心に黒い影を落とす存在が居た。
大所帯の家族、その一員だった人。
悪魔に憑かれ、自分の目の前で人を殴り殺した人。
そして――そのまま消えてしまった人。
「いろはさん、明日の演劇の件なんですが」
いろはと呼ばれた女は追憶を中断し、返事をして書類を受け取った。
渡されたのは、この保育施設で行われる演劇の打合せ資料であった。
演劇の内容、出演者の名前が印刷されている。
「急に決まったんで申し訳ないね」
「いえ、本社さんの意向なら仕方ないですよ」
「そう言ってもらえるとありがたいよ、明日は――」
いろはは、書類を手にしたまま突然立ち上がった。
その拍子に椅子が倒れ、周囲の職員の注目を集めた。
しかし彼女は気にする様子もなく、書類の名前を見つめていた。
書類を渡した職員がどうかしたのかと尋ねると、彼女は我に返った。
慌てて椅子を起こし、「なんでもありません」と頭を下げた。
彼女は椅子に座り直したが、再び書類を食い入るように見つめた。
「……きらり、って――」