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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
幕間~温泉に行こう!~
126/208

コーヒーとアルコール

「んあ……」


 目を開けると、薄闇の向こうに見知らぬ天井が見えた。

 そうか、今は旅行に来てたんだった。

 あの後、卓球で全員に惨敗したんだ。


 それから何をやっても勝てず、部屋に帰るまで散々慰められた。

 煽られたり馬鹿にされるよりよっぽど心に来る。

 傷だらけのハートを抱えたまま横になったら、そのまま眠ってしまったようだ。


 体を起こして薄暗い部屋を見回すと、皆も眠っているようだった。

 手足を投げ出しいびきをかいているのは千晴さん。

 狼娘たちに包まれるように寝ているのはルディさんか。


 ルディさん、ちゃんと寝られるようになってよかった。


(あれ……)


 旅館の窓際のスペースに、誰かが居る。

 あの姿は、多分ハカセだ。

 カップから立ち上る湯気が、カーテンの隙間から差す月明かりに照らされている。


 私は立ち上がり、花牙爪さんを抱き枕のようにして眠る蛙田さんを跨いだ。

 はだけた浴衣を直し直し窓際に向かうと、ハカセがこちらを振り向いた。

 左眼の黒い義眼をこちらに向けながら「起こしたか?」というハカセに首を振る。


「まだ起きてたんですか」

「年甲斐もなくはしゃぎ過ぎた。酒でも飲んでぐっすり眠ろうかってな」

「それ、お酒ですか?」


 カップの中身は暗くて分からなかったけど、いつものコーヒーの香りがした。

 だけど、言われてみれば甘いような別の香りもする。


「コーヒーにブランデーで燃やした砂糖を入れたやつだよ」

「それ美味しいんですか?」

「子供には分からない美味しさだな」


 ハカセはそう言うと笑顔でカップに口をつけた。

 なんだかいつもより機嫌がいい気がする。

 私はハカセの対面の椅子に座り、小さな机に置いてあったペットボトルの中身を飲んだ。


「思えば、お前さんとはもうどれくらいになるかな」

「もうそろそろお会いしてから一年ですかね」

「そうか、もうそんなになるか……年をとると時間の進みが早くていかんね」


 ハカセは「そんなんじゃ駄目なんだがな」と笑い、またカップに口をつけた。

 その笑顔は、どこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。


「そういえば、千晴さんたちとは長いんですよね」

「そうだな、千晴とはどうやって会ったのかは前に話したよな」


 ハカセと千晴さんが出会った日。

 それは、彼女のお姉さんが一度死んだ日だった筈だ。

 千晴さんたちと初めて会った時はそんなことがあったなんて思いもしなかった。


「有用な悪魔を身に宿してたから引き取ったはいいが、自暴自棄なガキと暮らすのは楽じゃなかったな……一人でも大変だったのに、同じような奴がすぐ現れてまいったよ」


 同じような奴、ルディさんの事だろう。


「ああそうだ。目星をつけてた悪魔憑きが殺されてな。まあそいつはゴミクズだったから引き取るつもりはなかったが……ルディも家族の元から逃げてきてすぐだったみたいでな。あの冷たくてギラついた目は忘れられないね」


 いまの紳士なルディさんからは想像もつかないな。


「千晴連れて行ったはいいが、すぐに殺し合いだよ。高位の悪魔同士で実力も拮抗していてな。朝から晩まで殺し合って、二人がぶっ倒れたのは次の日の昼頃だ。ダメージがでかすぎて千晴の顔の傷は完全には治らなかったよ」


 千晴さんの左目の傷はルディさんがつけたのか。

 どうして体は再生するのに治らないんだろうと思っていたけど。

 ダメージが深すぎると完全には再生しないんだ。


「それから二人を引きずって研究室まで帰って……目を覚ますなりまた殺し合おうとするあいつらをなだめすかして一緒に戦う事にしたってわけだ」


 ハカセはまた笑い、またコーヒーを啜る。


「そんで次はきらりだな。あいつはあいつで不気味だった、まあ今もだが。危険区で悪魔から魔素を収集してたら突然血塗れで現れてな。スマホから出るわ出るわおぞましい悪魔の武器が。千晴とルディで攻撃をしのいでたら勝手に倒れてな。後はまた研究室にお持ち帰りして、かなり高位の悪魔を身に宿してたからそのまま仲間入りってわけだ」


 血塗れで突然現れた、か。

 蛙田さんは確かに不気味なところもあるけれど、根はやさしい人だ。

 一緒に過ごしているとそれはよく分かる。


「紫陽はな、デイジーのアホから情報横流しさせて見つけた悪魔だ。ええと、なんだったか……まあいい、なんとかってマフィアを壊滅させた悪魔を捕まえに行くって情報だな。それを先にこちらに流してもらって、またもや上位悪魔をゲットって寸法だ」

「ゲームみたいに言いますね……」


 マフィアを潰しただなんて、まるで映画みたいだ。

 確かに悪魔の時の花牙爪さんならやりかねないと思う。

 でも、普段の花牙爪さんは穏やかで、お花畑だって大好きなんだ。


 彼女にも、そうせざるをえない事情があったはずだ。


「ま、そんな簡単にはいかなかったがな。もうあれは死闘だったな。正しく化け物と言っていいい見た目のあいつを、三人がかりで瀕死にまで追い込んだ。三人とも紫陽とは二度とやり合いたくないだろうさ」

「それだけやって、よく今みたいに仲良くなれましたね」

「当然最初はギスギスだよ。でもね、どいつもこいつも行く当てなんてないじゃない。そうなったらとりあえず雨風しのげてご飯も食べられる場所にいるしかないよ。それだけでありがたいんだ。私もよく分かるよ」


 ハカセはずいぶん酔いが回ってきてしまったようだ。

 なんだか喋り方が子供みたいになってしまっている。

 お酒入りのコーヒー飲む顔も、まるで子供のようにも見えた」


 それにしても、皆すんなり仲良くなりましたってわけじゃないんだ。

 皆それぞれ事情があって当然だ。私にだって過去はある。

 もう二度と味わいたくない過去が。


 いずれ、蛙田さんと花牙爪さんの顔も知る時が来るんだろう。

 その時は、また力になってあげたい。

 訳の分からぬままゴブリンになり、攫われた私でも、そんな風に思えるようになった。


「でも、ハカセはどうして皆さんを傍に置いたんですか?」

「んん? どういう意味?」

「いえ、悪魔の研究のためなら一人強い人が居ればいいのかなって」

「みーんな高位の悪魔だったからね。誰か一人に集約するのはもったいないじゃない」


 ハカセは身を乗り出して、酔ってふやけた顔で笑った。


「もったいない、ですか?」

「だってそうじゃない、四人必要なんだからさ。強いの一人じゃ意味がない」

「……なにに必要だったんですか?」


 私がそう尋ねると、ハカセはぴたりと動きを止めた。

 ゆっくりと椅子に座り直すと、手にしたカップを見つめて黙った。

 それからカップの中身を一気に煽ると、椅子から立ちあがった。 


「……ああ、飲み過ぎたな。柄にもなく口が回った」

「あの、私何か……」

「いや、別になんでもない、眠くなっただけだ」


 ハカセは「もう寝るよ」と言い残して窓際から離れた。


 ハカセは何を言いかけたのだろう。

 四人が必要って、一体何に?

 私たちは、何か目的があってハカセに集められたのか。


「……ハカセ!」


 私が少しだけ大きな声を出すと、薄闇の中でハカセが足を止めた。

 少し間を開けて、ハカセはゆっくりと横顔を見せた。

 私は一度呼吸をしてから口を開いた。


「……おトイレ、忘れずに」


 今はまだ聞くときではない、そんな気がした。

 聞いたとしても話してくれはしないだろう。

 いつかハカセから話してくれるまで、ハカセの横で待っていよう。


 そしてその時が来たら、何か力になってあげたい。


 ハカセはしばらく、薄闇の中で黙っていた。

 やがて、うっすらと見える横顔が笑ったように見えた

 彼女は幾分安堵したような声で「ああ」と返事をした。


 そして、月明かりの届かない闇の中へと姿を消した。


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