気配
ヴァルカンは血に濡れた体のまま、まっすぐに歩いていた。
魔の槍に貫かれた傷は、既に塞がりつつあった。
そんな彼の後ろを、妹が付いて来ている。
「よかったわ~ルディちゃんと仲直り出来て~」
「……」
「私は殺し合いなんて嫌だったから、とっても嬉しいわ~」
「…………」
「ヴァル兄様? 怒ってるの~?」
「いや、少し気にかかることがあってな……」
ミナーヴァが首をかしげて「なあに?」と尋ねるが、ヴァルカンは答えなかった。
「お兄様、一人で考え込むのは駄目よ~」
「……お前、変わったな」
「お兄様こそ~」
おっとりと笑うミナーヴァに、ヴァルカンの表情が僅かに緩んだ。
「ルディたちの家で感じた『悪魔』の気配……それがなんなのか分からん」
「あの子のお友達のことじゃないの~?」
「……あのゴブリンか」
確かに、気圧されたのは初めての経験であった。
今後、あの娘は強大な力を持っているかもしれない。
ヴァルカンですらそう思うほどの鬼気を、真理矢から感じたのは確かだ。
だが、ヴァルカンが感じていた気配とは違った。
真理矢のものは分かりやすい、敵意、覇気、そんな言葉で表せる『強い』気配。
ヴァルカンが真理矢たちの家で感じたものとは種類が違う。
あの時感じた気配は、形容しがたいものだった。
嫌悪、後悔、罪悪、苦悩。そういったある種の『弱い』気配。
それらを煮詰めに煮詰め、どうにか揮発させて無くそうとしたその残滓。
そんな不気味で黒い感情が、ルディたちの家のどこからか湧き出ていた。
手を合わせ、言葉を交わしたが、彼女たちの誰からもそんな気配は感じなかった。
だとしたら、あそこに居た五人以外の誰かか――。
「……お兄様?」
覗き込んできたミナーヴァの顔を見て、ヴァルカンは我に返った。
ここでうだうだと考えていても仕方がない。
それに、もし何かが居るとしても、それはルディたちの問題だ。
もう、妹の人生に干渉するつもりはない。
「いや、なんでもない」
「そう……わからないことを考えていても仕方が無いものね~」
「そうだな」
「そうだ、せっかくだからニホンのお菓子食べましょ~。お兄様甘いの好きよね~」
「……傷が治ったらな」
「あら~オオバンヤキですって~」
「オオバン……?」
「甘い餡を生地で包んだ和菓子みたいね~」
「……帰りがけに買うか」
「……お兄様血まみれだから、私が買うわね~」
聖歌隊の本部に戻る頃には、二人の両手は買い物袋で塞がっていた。