悪魔(狩り)の一族
終わった、私たちは勝った。
その証拠に魔屍画の穴がひとりでに塞がって行く。
地響きを立てて地面が動き、悪魔が出てきた穴が閉じられた。
「ルディさん――」
やりましたね、そう言おうとした時、ルディさんはがくりと姿勢を崩した。
私は慌てて駆け寄り支えようとしたけれど、立ち上がった瞬間にずきりと頭が痛んだ。
結局私はそのまま前のめりに、頭から地面に倒れ込んでしまった。
「いたた……」
「お互い、限界みたいだね……」
ルディさんは小さく笑いながら、逆に私を抱き起こしてくれた。
なんとも情けない。ルディさんの方がぼろぼろだというのに。
私に笑みを向けた後、ルディさんは心配そうに顔を上げた。
「ヴァル兄様……」
そうだ、あの人はルディさんを助けて、串刺しにされたんだ。
あれだけ強くてもあの人は人間だ、だからきっと――。
あんな傷を受けて生きていられるはずがない。
あの人は、ルディさんを助けてくれた。
死んでしまう前に、あの人はルディさんを認めてくれたのだろうか。
今となっては、それを確認することもできない。
「ヴァルカンさん……」
「呼んだか」
「わあ!!」
なんだ普通に生きてるのか。いや生きててよかったけど。
よかったのかな、今からルディさん殺すとか言い出さないよねこの人。
「兄様…ご無事で……」
「ああ、これしきの傷問題ない」
槍に体貫かれて無事って、本当にこの人は人間なの?
全身血まみれで息も上がってるけど、なんか普通に立ってるんですがこの人。
色んな意味でこの人の方が悪魔じゃないかな。
「頑丈な奴だな人間じゃねえよ」
「あはは~☆ ホントは悪魔だったりして~☆」
「……人外認定」
ヴァルカンの背後から、千晴さんたちが歩いてくるのが見えた。
少し間を開けて、ミナーヴァも空から音も無く降りてきた。
すっかり戦いが終わった雰囲気だけど、まだみんな武器から手は放していない。
「で、どうすんだよ」
「……」
「ヴァル兄様……」
ヴァルカンからは敵意は感じなかった。
ただ、武器をしまう様子もない。
彼は目を閉じ、何か言葉を探すように唸った。
「思えば……父が皆を手にかけた時から、私は迷っていたのかもしれない」
「迷う? 兄様が?」
ルディさんの言葉に、ヴァルカンは目を閉じたまま頷いた。
「俺は父を信じていた。あの時……家族を殺した時も、悪魔に与する者は家族でも許さない、その信念こそ民の安寧を確固たるものにするのだと、そういう決意の表れだと信じようとした……だが、そんな父も悪魔憑きになってしまった。今にして思えば、あの凶行は悪魔に憑かれていただけなのかもしれん」
ミナーヴァが言っていた。
ルディさんのお父さんは悪魔憑きになってしまった。
そして目の前にいる二人が、殺したのだ。
「あれほど厳格だった父ですら悪魔に憑かれれば見境なく人々を襲った……だがお前は、お前と仲間はどうだ。人を襲うこともなく、それどころかお前を守りたい、失いたくないと……友を守りたいという一心で、我々に挑んできた。それだけでなく、お前は俺が倒しきれなった悪魔をも倒した……」
ヴァルカンは一息にそう言うと言葉を切り、また目を閉じ押し黙ってしまった。
再び低い唸り声を上げて何かを考えているようだったけれど、言葉は出てこなかった。
ふと、黙って聞いていたミナーヴァがヴァルカンの顔を覗き込んだ。
「あらあら~兄様ったらこういうのはてんで駄目ね~」
ヴァルカンは目を開き、ミナーヴァを睨んだ。
睨んだ、とはいっても圧はなく、むしろ照れを隠すような類のものだった。
ルディさんは私を座らせ、兄と姉の前に立った。
「早い話が、私たちが間違っていたってことね~」
「ミナ姉様、それでは……」
「ええ、私たちはもう貴女たちに構わないわ」
ミナーヴァは梟のかぎ爪のような武器を収納すると、ルディさんの手を取った。
生身の手で、ルディさんの手を包み込むように撫で、笑った。
「ルディちゃん、貴女は貴女の道をいきなさい」
「ミナ姉様……!」
ルディさんは彼女の手を両手で握り、顔の前まで引き上げ目を硬く閉じた。
同時に、狼の銃が青白く光り、ルルちゃんたちが現れた。
「貴方たちもね~」
「……こいつらは、あの時のか」
ルルちゃんたちはルディさんの陰に隠れながら、ヴァルカンたちを見上げた。
威嚇するような、でも興味があるような。複雑な顔をしていた。
ヴァルカンとミナーヴァは狼娘たちに手を伸ばしかけて、同時に止まった。
「いや、我々には触れる資格はないな」
「そうね~…あの時、守ってあげられなかった……」
「……いいえ、今のお二人なら、大丈夫です」
ルディさんは足元に入る三人に「ほら」とヴァルカンたちの方へ行くよう促した。
三人は瞬時ためらってから、警戒した顔のままゆっくりと歩み出した。
近づいてきた三人の頭に、ヴァルカンとミナーヴァが手を置いた。
「もう、ルディにひどい事しないの?」
「ああ、約束しよう」
「ほんとよね? ウソだったら怒るわよ!」
「大丈夫~もう嘘はつかないわ~」
「……やくそく」
ルルちゃんたちから緊張がなくなり、ヴァルカンたちはその頭を撫でた。
それを見て、千晴さんたちもようやく武器を納めた。
それを合図にしたかのように、前方の瓦礫の陰から太陽の光が差した。
いつの間にか、夜が明けていたんだ。
「日の出ですね……」
「ああ、開けない夜はないね」
私がぽつりとつぶやくと、ルディさんは小さく笑ってそう言った。
ヴァルカンがルルちゃんの頭から手を離し、ルディさんを見下ろした。
陽の光を背にしているから、その表情は分からない。
「そうなれば、お前たちを悪魔憑きとは呼べぬな。新しい呼び名を考えねば」
「あ? 呼び名だあ?」
「ふむ……Ha vinto il diavoloというのはどうだ」
「コイツなに言ってんだ?」
千晴さんはあきれた様子でヴァルカンを指さした。
だけど、ルディさんもミナーヴァも顎に手を当て真剣に考えている様子だ。
「それだったらDiavolo della giustiziaの方が私は好きね~」
「いえ、でしたらIl diavolo che serve il santoというのは……」
突然、謎の命名大会が始まってしまった。
そういえば、ルディさん自分の技に名前とかつけてたな。
「なんなんだよコレ……」
「あはは~☆ 似た者きょうだいだね~☆」
「……血は争えない」
「そうみたいですね……」
色々と言い合っていたルディさんたちは、1分ほどで私たちの視線に気が付いた。
明らかに冷めているのを感じ取ったのか、三人ともバツが悪そうに視線を泳がせた。
それからヴァルカンがこほんと咳払いし、
「まあ、名前は追々自分たちで決めればいい」
「どうでもいいわ、こっちはてめえのせいで全身痛ぇし疲れてんだよ」
千晴さんは「用が済んだならさっさと失せな」と面倒そうに手をシッシッと払った。
「そうね~私たちも休みたいわ~」
「おお、初めて意見が合ったな」
「千晴さん、余計な事言わないでください」
「なんだよこっちは散々こいつにボコられたんだこれくらい――」
「心配せずとも、もう消える」
ヴァルカンは大槌を背負い、挨拶もなしに背を向けた。
その後ろを「しょうがない」と言った様子で肩をすくめたミナーヴァが付いて行く。
「ルディちゃん、そして素敵なお友達さん。いつまでも素敵な悪魔でいてね~」
「もし道を踏み外し、民を危険に晒すならば俺が殺す。それだけは忘れるな」
ヴァルカンとミナーヴァは今までのダメージがなかったかのように、平然と立ち去った。
あの二人は、本当に規格外な人間なんだろう。
最後まで戦っていたら一体どうなっていたのだろうか。
とにかく、和解できてよかった。
戦いうんぬんよりも、ルディさんが家族を取り戻せてよかった。
かつて失ったものは戻らないけど、壊れたものを直すことはできる。
ルディさんたちは、また家族になれたんだろう。
私はそれが嬉しかった。
でっかいハンマーで頭ぶん殴られたかいはあった……かな?
「――――っ」
二人の姿が見えなくなると、突然ばたりとルディさんが倒れた。
「ルディさん!?」
「どうした!!」
無理もない、私の血で何度も覚醒したんだ。
ヴァルカンから受けた傷も浅くはないだろう。
体に限界が来たんだ。もしかしたらかなり危険な――。
「ああ、疲れた――」
ルディさんの口から出たのは、あまりにも平凡な一言だった。
差し迫った様子はなく、ぼんやりと口から漏れ出たような響きだった。
仰向けに倒れたルディさんはそのまま手足を大の字に広げた。
ルディさんは胸いっぱいに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
目を閉じ、柔らかな笑みを浮かべたまま寝そべっている。
大事はなさそうだけど、立ち上がる気配はない。
「びっくりさせんなよ。なんでもねえなら帰るぞ」
「そう、だね……」
「おい、なにしてんだ」
「すまない、少し……休ませてくれ……」
ルルちゃんたちも大の字に横たわるルディさんの周りに集まった。
彼女たちはルディさんを中心に身を寄せ合うと、大きく口を開けてあくびをした。
そしてそのまま、四人はすぐに寝息を立て始めてしまった。
「寝ちゃいましたね」
「……まあ、確かにちょっと疲れたな」
「あはは~☆ ワタシたちも休もっか~☆」
「……寝る子は育つ」
私はそっと、ルディさんの顔を覗き込んだ。
穏やかに寝息を立てるその顔は幼く、そして安心しきっていた。
前に一度、私の膝で寝て貰った時もこんな顔はしていなかった。
私はゴブリンの顔のままそっと笑みを浮かべ、
「ゆっくり休んでくださいね、ルディさん」