その①
「あびゃああああ!!」
崩れ落ちてきた瓦礫の下敷きになる前に、私は横っ飛びに逃げた。あっぶなかったよ、今危なかった。危ない事なんてなんもないって言ってたのにあの嘘つき! 白衣! 猫背!!
「大丈夫かゴブ子ちゃん」
「そんなわけないじゃないですか!」
「お前はとびきり頑丈らしいから、瓦礫に潰されても大丈夫だってさ」
「大丈夫なわけな――!」
私の口は恐怖で固まった。刀を弄ぶ彼女の背後に、こちらを睨みつける巨大な悪魔が見えたからだ。ゾウだとかキリンだとか、そんなスケールではない。明らかに異常だと分かる巨体。
「ご、御鬼上さ……」
「ん? ああ、こいつサキュバスなんだってよ」
「ごちゃごちゃと五月蠅い……」
巨大な女悪魔はお腹に響くような重い声を出した。それだけで全身から嫌な汗が噴き出す。瓦礫の陰にこそこそと隠れる私に向けて、サキュバスは「醜いわね」と笑った。
「そうか? けっこう愛嬌あるゴブリンだろ?」
「いちいち癪に障る女……」
「そりゃお互い様」
金属が擦れ合うような耳障りな音が響く。サキュバスの爪を刀でいなしたらしい。なんでそんなことできるんですか、体格が違いすぎるでしょうに。巨大なサキュバスもほんの少し動揺しているように見えた。
「しかしなあ、ゴブ子ちゃん!」
「へあっ!?」
急に話しかけられ素っ頓狂な声を出してしまった。
「どうよコイツ」
「どうって……?」
「なんかイメージと違くねえ? サキュバスってなんかもっとこう、なあ?」
言わんとしてることは分かります。なんかサキュバスってかわいくてエッチな感じですよね。でも、目の前の巨大な悪魔は西洋の彫像っていうか、なんというか……。
「なんか可愛げがないよなあ」
「まあ、言われてみれば」
言ってしまってハッと口をおさえるが、時すでに遅し。巨大なサキュバスが頬をひくつかせている。眉は一気につり上がり、口元は歪んで牙が見える。怒らせた、もう駄目だこれ。
「そう思うよなあ、なんか夢が壊れるよなあ」
「貴女たち……ッ!!」
「コイツは衆目に晒さないほうが世のためってもんだ」
「楽には殺さないわよ……!!」
目に見えるほどの殺気を放ち始めたサキュバスに臆することなく。彼女は手にした刀をぶんと一振りして、前へと歩み出た。
「安心しな、あたしは一瞬で終わらせてやるからさ」
そう言って彼女は――御鬼上千晴は笑った。