我が牙で眠れ
巨大な悪魔の攻撃を、皆で迎撃する。
千晴さんが刀を振るい、火の斬撃を飛ばし、悪魔の槍を払いのける。
蛙田さんが様々な道具をスマホから呼び出し、ルディさんを守る。
花牙爪さんが爪を伸ばし牙を飛ばし、悪魔に防戦を強いる。
ルディさんが銃撃を行いながら、悪魔に向けて突っ込んでいく。
「Lamasilenziosa……」
そしてミナーヴァが飛び回り、細かい斬撃を悪魔に入れる。
時折彼女が、面へ攻撃を加えると、悪魔は露骨に嫌がるそぶりを見せる。
「やっぱりここが嫌みたいね~!」
ミナーヴァが大声でそう言った瞬間、悪魔の姿が消えた。
悪魔がいたところのコンクリートがめくり上がり、宙に浮いた。
そうだ、この悪魔は突進力、瞬発力もすさまじい。
「クソ! この速さがあったか!」
「残念~☆ そこは……」
悪魔が足をついたビルの側面から、粘液のようなものが噴き出す。
おそらく蛙田さんが仕掛けたトラップだろう。そんなことできたんだ。
脚が溶けたのか煙が上がり、悪魔は唸り声をあげて地表に戻った。
「……そこも」
花牙爪さんは悪魔が降りた場所のコンクリートにぐるりと傷をつけていた。
めちゃくちゃに引きはがされ、ぐずぐずになった地盤は悪魔の重みに耐えられない。
落とし穴にはまるように悪魔は下半身を地面に埋めた。
「逃がさない~☆」
蛙田さんはスマホをいじり、小さな砲台のようなものをいくつも地面に設置する。
そのひとつひとつから縄の付いた銛のようなものが射出され、悪魔の体に突き刺さる。
悪魔が穴から出ようともがくが、縄のようなものがピンと張り、それを許さない。
「ギィイイイイィィィィィイイイイイイ!!!」
体を固定された悪魔は、金属をひっかいたような耳障りな声で絶叫した。
道化衣装から伸びる槍が更にその数を増し、皆に襲い掛かる。
私はその様子を遠巻きに眺める事しかできない。
「……」
隣で立っているヴァルカンに目を向けた。
私に対する殺意はすでになく、今は黙って目の前の光景を見つめていた。
ちょうどその視線は、悪魔に向けて駆けるルディさんを見ていた。
彼女の背を見るヴァルカンの顔に、初めて人間らしさが滲んでいるように見えた。
何かを迷っているような、そんな顔色。
もしかしたら、彼も力になってくれるかもしれない。
「一緒に戦ってくれませんか」
「悪魔憑きと一緒にか」
「今、見えてるでしょう。ルディさんたちは人を傷つける悪魔憑きじゃない」
「……そうは言いきれん」
「見えているはずです。今、ルディさんが何をしているのか」
「……」
「何故ルディさんがあんなに必死になって戦っていると思いますか」
「自分は悪魔と戦えると証明するために……」
「それだけではないんですよ。ルディさんは、誰かのために戦える人なんです」
「……」
「誰かのために傷つき、戦える人なんです。貴方たちと何が違うんですか」
「今はいいが後々どうなるか。いずれ人を襲うようになっては取り返しが……」
「見てあげてください、ルディさんの今を!」
「…………」
「信じてあげてください! 助けてあげてください!!」
「そんなことは……」
「貴方は、ルディさんのたった一人のお兄さんじゃないですか!! 家族じゃないですか!!」
「我々は家族という言葉では……」
「今からでもいいんです! 家族になれば!! 愛し合って、助け合って、そんな――」
何かが砕けるような音に、私の言葉は遮られた。
悪魔の方を見ると、ルディさんがその拳を悪魔に向けて撃ち降ろしていた。
悪魔の面にひびが入り、何か赤黒く光るものが、私たちの位置からでも見えた。
「あそこが弱点……!」
だけど、ルディさんの一撃は面を欠けさせただけで、致命傷には至らなかった。
僅かに欠けた面の下から肉の触手のようなものが飛び出し、ルディさんを縛り付ける。
咄嗟に銃で反撃しようとしたルディさんを、触手が締め上げる。
「ヤバいぞ助けろ!!」
千晴さんが叫び、皆もそれに応えるが、悪魔は槍での攻撃を強める。
受けるのが精いっぱいで、皆ルディさんを助けに行く余裕はない。
ルディさんの体を締め付ける力が強まり、ルディさんの苦悶の声が響く。
このままじゃルディさんが殺される。
何ができるわけでも無いけど、何かしなくちゃ。
私はいつもの様に、無鉄砲に走り出した。
大柄な何かが、私を追い抜いた。
「ヴァルカン、さん!!」
「お前ら援護しろ!!」
低く放たれた言葉に、千晴さんたちは従った。
彼の行く手を阻むものを排除し、ルディさんまでの道を切り開く。
ヴァルカンは飛び上がり、熱を持った大槌を振りかぶり、
「Martello del giudizio!!」
叫び声と共に大槌を悪魔の面に向けて振り下ろした。
爆音と共に、面は粉々に砕け散り、悪魔が絶叫する。
そして、ヴァルカンに狙いを定めて無数の槍を突き出す。
皆の援護は間に合わず、ヴァルカンは悪魔の槍をその身に受けた。
迎撃しきれなかった数本の槍が体を貫き、全身から血が噴き出た。
血と共に落下しながら、ヴァルカンはルディさんに向けて大きく口を開き、
「やれ! ルディ!!」
「兄様……!」
ルディさんは落ちていくヴァルカンを見て小さく呟くいた。
静かに、その顔を赤黒く光る弱点に向けた。
押さえつけ、下を向いていた銃口がぎりぎりと持ち上がって行く。
首や腕、脚や体を触手に締め付けられながらも、ルディさんの姿勢は微塵もぶれない。
静かにまっすぐに立ち、銃口をその光る物体に向けている。
肉と骨が締め上げられる音に、小さな引き金の音が混じる。
銃声が鳴り響き、一瞬の静寂。
悪魔は断末魔の叫び声を挙げ、苦痛に体をよじったが、すぐに全身の力が抜けた。
そのまま頭から地面に倒れ伏す轟音の後、頭の天辺から灰となって崩れていく。
崩れ去って行く巨躯の悪魔を背に、ルディさんは深く息を吸い込み、
「In boccaal lupo……」