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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~悪魔狩りの一族~ 編
118/208

やってみせます

 地響きと共に、悪魔が姿を現した。


 見上げるほどの巨躯。

 道化のような衣装と面。

 黒く禍々しい肌、獣に似た半身。


 この魔屍画にいた悪魔だ。

 その姿形で同じ種類の悪魔と分かった。

 だけど、前に戦った時よりその狂気が増していた。


 道化の衣装は鮮やかを失い、赤黒く染まっていた。

 割れた面も笑顔から怒りの顔へと変わり、割れた方は人に似た顔が見えた。 

 人間の皮を剝いだような漆黒のその顔に、赤く渦巻く紋様が刻まれている。


 別の固体か、強化された姿なのか。


「なんでこいつが……」


 千晴さんのつぶやきをかき消すように、悪魔が不気味にねじれた声を挙げた。

 悪魔は身をよじるように絶叫した後、ぎょろりとむき出しの目をヴァルカンに向けた。

 そしてまた叫びを挙げ、ヴァルカンへと拳を振るい、ルディさんが叫ぶ。

 

「兄様!!」

 

 ヴァルカンは悪魔の拳を迎え撃ったが、押し切れずにこちらに向けて吹き飛ばされた。

 地面を跳ねながらもヴァルカンは受け身をとっていた。

 踏ん張り、私たちの隣で止まったけれど、血を吐き膝をついた。


「くそ…やはり仕留めそこなっていたか……!」

「コイツ倒したんじゃねえのか!」

「致命傷を与えたはずだったが、死体を確認できなかった」

「生きてて、力を貯めて蘇ったって事ですか……?」


 ヴァルカン達が戦ってからほとんど時間が経っていないというのに。

 なんていう回復速度なの。


「今度こそ仕留めるためにここに来ていたのだが…こうも消耗してしまうとは……」

「そういうことは先に言えよ馬鹿か! お互いボロボロじゃねえかよ!!」

「来るぞ避けろ!!」

 

 ルディさんが叫ぶと同時にいくつもの触手のようなものが襲い掛かって来た。

 触手と言うよりは槍と言う方が近いかもしれない。

 道化の頭巾の先端から、無数の槍が殺意を持ってこちらに飛んでくる。


 ルディさんは上手く動けない私を抱え上げ、横っ飛びに逃げた。

 千晴さんは大丈夫だろうか、そう思う間もなく槍が襲い掛かってくる。

 ルディさんが撃ち落とそうと引き金を引くけど、間に合わない。


 喰らう、そう思った時に目の前を何かが覆った。

 四つ足の巨大な獣、いや、これは悪魔――。


「花牙爪さん!!」


 花牙爪さんは両腕の爪を振るい、ルディさんが落としきれなかった槍を払いのける。

 私たちの左右に払いのけられた槍が突き刺さり、土煙を上げる。

 花牙爪さんは地面に降りると、牙にびっしりと覆われた大きな口を悪魔に向けた。


「……ほーみんぐみさいる」


 機関銃の連射のような重い音が鳴り響き、牙が悪魔に向けて飛んでいく。

 牙は四方八方へ飛び散らばり、一斉に向きを変えて悪魔に襲い掛かる。

 悪魔は道化衣装の槍を攻撃から防御に切り替え、その牙を払いのける。


「あれ、いま……わわっ!」


 花牙爪さんが私たちの下に体を潜り込ませて、背中に乗せた。

 牙の一斉攻撃と煙に紛れながら、私たちを物陰まで運んでくれた。

 

「……危機一髪」

「あはは~☆ 危なかったね~☆」

「お二人とも無事だったんですね」


 千晴さんとヴァルカンと一緒に逃げ込んできたのは蛙田さんだ。

 ミナーヴァは風船のようなものに閉じ込められているから、買ったのだろう。

 無事で本当に良かった。


 安心したのは私だけじゃなかったのか、千晴さんとルディさんもほっと息を吐いた。

 それと同時に、二人の姿は悪魔の物から人間の状態に戻ってしまった。


「あらあら~こんな状況だなんて……それにお兄様まで……」


 ミナーヴァの言葉を気にも留めず、ヴァルカンは立ち上がった。

 私たちは咄嗟に庇うようにルディさんの前に出た。

 強大な悪魔を前に、別種の緊張感が高まる中、ミナーヴァが口を開く。


「あの~? 出してもらえないかしら~ここは協力したほうがいいわ~」

「ミナーヴァ、敗れたのか」

「お兄様も酷い状況だし~とりあえずここを乗り切った方がいいと思うわ~」

「お前らなんて信用できるか」

「それはもっともだけど~皆満身創痍だし、ここは協力したほうが得策だわ~」


 瞬間、私たちが隠れている場所のすぐ横のビルが砕かれた。

 がらがらと轟音を立てて崩れ落ちるビルを見て、千晴さんは大きくため息を吐いた。

 千晴さんが「仕方ねえな」と言うと、ミナーヴァは風船から解放された。


「ありがとね~」

「で、どうすんだ。突っ込んでどうにかなるほど体力残ってねえだろ」

「あの、いいですか?」

「なにか作戦~?」

「さっき、花牙爪さんが攻撃した時、あの悪魔がお面を庇うような動作をしたんです」

「……そこが弱点?」

「それ自体が弱点なのか、隠された場所に弱点があるのか、どっちかしら~」

「何にしてもあと一回なんかする力しか残ってねえ。だったらそれに賭けるか」

「でしたら、一人があの面を狙って、他の方はその援護を……」

「いや待て」

 

 ヴァルカンが口元の血を拭い、歩き出そうとした千晴さんを制止する。


「悪魔憑きと協力するつもりはない」

「そんなこと言ってる場合ですか!!」

「……いい加減にしろよ首掻っ切るぞ」

「あはは~☆ ちょっとウザすぎ~?」

「……舟に刻みて剣を求む」


 一歩前に出たヴァルカンの前に、ミナーヴァが割り込む。


「お兄様……」

「なにか言いたい事でもあるのか」

「……いえ」

「私にはあります兄様」


 顔を伏せたミナーヴァと対照的に、ルディさんがヴァルカンに声を向ける。

 上から見下ろすようなヴァルカンの視線を、ルディさんはまっすぐに見ていた。

 その瞳には憎悪も畏怖もなく、ただ真っすぐだった。


「そんなに我々が信用できないのならば、兄様は手出し無用です」

「なんだと?」

「あの悪魔の懐に飛び込み、私が倒します」

「ルディ、お前では……」

「私はやります、やってみせます」

「なにを根拠にそのような……」


 ヴァルカンの言葉を聞かず、ルディさんは私たちへ顔を向けた。


「皆、私に任せてくれるか」

「あ~……まあしんどいからな、お前がやってくれるならそれで」

「あはは~☆ 援護は任せて~☆」

「……援護射撃」


 ルディさんは頷くと、私に顔を向けた。

 ゴブリンの慎重に合わせるようにかがみ、微笑んだ。


「ごめんね、付き合わせて」

「そんなこと言わないでください。私にも何かさせてください」

「じゃあ、また君の血肉を分けてくれるかな」

「……大丈夫なんですか」


 私の血肉で強化された後は著しく疲労する。

 しかもルディさんは今日既に二度も私の血肉を摂取している。

 体がもつのだろうか。


『そうなの、ルディ疲れてるの』

『勝ってもどうなるか分からないのよ』

『……ルディ、心配ぃ』


 銃のまま、狼娘たちが心配の声を挙げる。


「そうだね、でも頑張らなくちゃ」

「頑張る、ですか」

「ここで頑張らなきゃ駄目なんだ。君のように過去を乗り越えたいんだ」


 もう、私に拒否することはできない。ルルちゃんたちも黙って覚悟を決めたみたいだ。

 固まりかけていた額の血を拭い、ルディさんに差し出した。

 ルディさんは優しく微笑むと、私の手を取った。


 ぬるりと温かく湿った感触が掌を這う。

 ルディさんの舌が通ったところが熱く疼く。

 立ち上がり、また微笑んだ彼女に「頑張ってください」と言った。

 

 ルディさんが頷くと同時に、隠れていた瓦礫が吹き飛ばされる。

 悪意と殺意をこちらに向ける悪魔の前に、ルディさんは立った。

 人間だった体が、悪魔の物へともう一度変わる。


「皆! 頼むぞ!!」


 ルディさんが叫び、皆もそれに応えて駆け出した。

 ミナーヴァもヴァルカンをちらりと見て、「ごめんなさい」と言って飛び立った。

 ヴァルカンはただ、黙ってそれを見ているだけだった。


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