やなこった
「……まだ抗うか」
ヴァルカンの言葉には答えず、二人は掌についた私の血をべろりと舐め上げた。
二人から放たれる鬼気が、より濃くなって周囲を包む。
なんの加工もしていない私の血、きっとあの力は長続きしない。
「性懲りもない」
「真理矢にビビり散らかしてたくせにでかい口叩くなよおにーさま?」
「さっきまでまだ私は迷っていました。ですが、もう許せません」
「……なんだと?」
「狼は家族を傷つける者を許しません。貴方はもう私の家族ではない――ヴァルカン」
ルディさんがそう言うと、ヴァルカンの闘気もまたその濃度を増した。
私はその圧に身震いしてしまったけれど、前に立つ二人にその様子はない。
「元より貴様が悪魔に憑かれた時から家族ではない」
「では、存分にやり合えますね」
「……In boccaal lupo」
ヴァルカンが構えると同時に、二人も武器を構え、
「「Crepi!」」
叫ぶと同時に激突した。
横になったまま動けない私は、目の前の戦いを見ている事しかできなかった。
刀と槌で打ち合い、合間の銃撃が千晴さんを援護する。
次の瞬間には三者とも己の手足を突き出し、殴り、蹴り、そしてまた武器を打ち合う。
さっきまでと違い、三人とも目まぐるしく動き回っている。
戦いが激しさを増したのもあるけど、それ以上に千晴さんとルディさんの力が増した。
眉一つ動かさず受け流していたヴァルカンが、今は目を血走らせ叫び声を挙げている。
だけど、それでもこちらが劣勢なのが見ていて分かった。
ヴァルカンにもダメージが入っているけれど、こちらはその何倍も受けている。
このまま時間切れになったら、負けてしまう。皆が死んでしまう。
なにかないか、なにか――。
「……?」
ふと、何かが引っかかった。
なにか違和感がある。
さっきヴァルカンに殴られていた時、何か感じたはずだ。
(なんだ、思い出せ……!)
痛みと衝撃で消し飛んだ記憶をなんとかかき集める。
ヴァルカンの、なんだ。なにが引っかかってる。
動き? 表情? 武器? 言葉――。
「……もしかして」
そうだ、言葉だ。ヴァルカンの言葉が引っかかってるんだ。
なんだ、何を言ったんだ。
どれだ、「まだ息があるのか」「二人を先に」「頭を吹き飛ばす」……。
「あ……」
分かった、思い出した。あの言葉だ。
なんてわかりやすい言葉なんだ。
気でも緩んだのか、焦ったのか、ぽつりと呟いたあの言葉――。
「千晴さん! ルディさん! そのまま頑張ってください!!」
「あぁ!?」
「なんだって!?」
二人はこちらに構っている暇はない。
私は震える体を無理やり起こして、大声で叫んだ。
「できる限り、そのまま攻撃を続けてください! さっきヴァルカンが言っていたんです!『時間を稼がれたら困る』って! きっとその力は長続きしないんです!」
燃え盛る千晴さんの斬撃を受ける隙間に見えた、ヴァルカンの眉が僅かに動いた。
「お二人の攻撃を受け続けるのは相当疲れるはずです! だから、あの……頑張って!!」
言葉にしてみると、なんて無責任な支持だろう。
相手がへばるまで頑張れ、なんてどんな相手で言える事じゃないか。
名案だと思いあがった自分が恥ずかしい。
「「了解!!」」
だけど、二人はただそうやって返事をしてくれた。
二人にはヴァルカンのエネルギーが切れるまで頑張ってもらう他ない。
バカみたいな作戦だけど、それ以外に突破口は見いだせない。
二人が持つだろうかと言う私の心配は、杞憂に終わった。
私が思っていたよりもずっと早く、ヴァルカンの動きは鈍った。
鈍った、といっても僅かに反応が遅くなった程度で、重い一撃は入れられていない。
何か、もうひとつ動きがなければ――。
「が、は……ッ!」
私の思考を読み取ったように戦況は大きく動いた。
私の望む方とは真逆の方向に。
ヴァルカンの拳が、ルディさんの腹部にめり込んでいた。
「ルディさん!!」
口から血を噴き出しながら、ルディさんは拳で打ち上げられて宙を舞った。
飛び散る血と山なりに飛ぶルディさんの体。
けれど、その手足や口に狼の防具はなく、銃もどこにも見当たらなかった。
「うぐ……ッ!?」
突如、ヴァルカンががくんと膝を折り、すぐさま背後に向けて大槌を振るった。
その先に居た二人の子狼は「膝かっくんだー!」と叫んで飛び退き、その一撃を躱した。
残された一人は、歯を食いしばるヴァルカンの頭を、その服ですっぽりと覆った。
「……目隠しぃ」
「この……!」
三人目の子狼が引きはがされた刹那、彼の視界が回復する直前に千晴さんが滑り込む。
すぅ、とひとつ呼吸をする音が聞こえ、刀身が下から上へ月明かりに煌く。
一拍置いて、ヴァルカンの体が腰の辺りから肩へと斬られ、血が噴き出た。
「ぐ、お……!」
よろめくヴァルカン、その前方にルディさんは着地し、駆け寄った狼たちが青く光る。
ルディさんの手足と口元に、狼娘たちの装備が装着される。
千晴さんも飛び退き、全身に金と銀の武具を纏った。
二人は掛け声もなく同時に地を蹴り、拳を引き絞り、ヴァルカンの腹へ突き込んだ。
肉と、骨が軋む音が聞こえ、ヴァルカンの脚が地面から離れる。
「おおおおおおおおお!!!」
「あああああああああ!!!」
二人の叫ぶ声が途切れると同時に、ヴァルカンは吹き飛び、瓦礫に突っ込んだ。
千晴さんとルディは荒く息を吐きながら、拳をがちんとぶつけ合って互いを称えた。
「や……ったぁ!!」
のん気に挙げた私の喜びの声をかき消すように、ヴァルカンが土煙の中から歩み出た。
彼もまた荒く呼気を吐き出し、その黒肌からは血が滴っていた。
だけど、その目には光が宿っていて、まだまだ倒れそうもない。
「いい勝負になってきたな、おにーさま」
「このまま、押し切ります!!」
「望むところだ――」
三人が駆け出し、またぶつかり合う。
そう思った瞬間、地面が揺れた。
下から突き上げるような奇妙な揺れに、私は尻もちをついてしまった。
「これは……」
「な、なに……?」