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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~悪魔狩りの一族~ 編
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許さない

 あの大槌で殴られたのか。

 痛みと衝撃で体ががくがくと震える。血がどくどくと視界を覆っていく。

 このままじゃまずい。


 私は震える腕でなんとか体を起こし、腰巻にしまってあった試験管の中身を飲み干した。

 頭の痛みが少しだけ薄れ、血の流れが止まった。

 よろよろと立ち上がると、目の前に赤く光る黒い鉄塊が迫る。


「――――ッ!!」


 爆発音と共に視界が黒く染まり、星が瞬く。

 天も地も分からなくなるほど転がされ、背中をしたたか打ち付けて止まる。

 頭蓋の熱で萎えてしまったゴブリンの体が、そのまま仰向けにだらりと地に沈む。


 暗い世界の外側に、どろりと流れる血の温かさを感じる。

 ぐわんぐわんと奇妙な耳から頭に音が鳴り響く。

 血と肉が焦げた臭いが、内と外から鼻腔にこびり付く。


「グ、ぅ…ぁ……」


 喉の音から搾り出たのは意味の分からない呻きと共に、痛みが襲い掛かってくる。

 頭の骨が粉々に砕けてしまったのではないか、顔がどろどろに溶けているのではないか。

 そう思ってしまうほどの痛みと熱が、額から脳まで貫いていら。

 

「まだ死んでいないか、しぶといな」

「ぁぐ…うぅ……!」


 私は弛緩した体に力を込めて、何とか立ち上がろうとした。

 だけど、体はまったくいう事を聞いてくれない。

 全身が鉛にでもなってしまったかのようだ。


 鉛? 金属じゃ大変だ。

 熱で溶けちゃう。

 ああ違う、なんでそんな意味の無いこと――。


 まとまらない思考は、再び頭に与えられた衝撃で切断された。

 振り下ろされた大槌の衝撃でコンクリートにめり込んだ。

 衝撃で浮かんだ足が落ちた痛みが、頭の者より先に脳に伝わる。


「ぃあ…ぎ……ッ!!!」

  

 自分の頭の輪郭がどうなっているのか、もう分からない。

 熱くて、痛くて、なにがなんだか分からない。

 がくがくと震える手を頭に持って行くと、一瞬で掌すべてがぬるりと濡れる。


 血が目に入って開けられない。

 閉じられた暗い世界には、不規則な光の瞬きしか見えない。

 ばくばくと内から鼓膜を揺らす鼓動に合わせて、光が瞬く。


「まだ息があるか」


 また衝撃が頭を上から貫く。

 額に当てた手ごと大槌に潰され、手の骨が砕ける音が直接頭に伝わってくる。

 血が噴き出し、自分の体がどこまで血に濡れているかも分からない。


 もううめき声も上げられない。

 ただただ熱い、濡れている、痛い。

 どうしてこんなことになっているんだっけ。


 なにも考えられない。

 私には何もできない。

 なんでこんなことになっているんだっけ。


「まだ原形をとどめているとは、聖女というのは頑丈なのか?」


 早鐘のように命の危機を知らせる心音の隙間から、聞こえるのは男の声。

 男って、誰だっけ。なんでここにいるんだっけ。もう何も考えられない。真っ暗だ。

 だんだんと弱くなっていく心臓の音と、近くにいる男の足音。


 私に今知覚できるのは、音の情報だけだ。

 音の情報は脳で止まらず、そのまま私の中を通り過ぎていく。

 心音と、足音、何か重い物が空を切る音。


 そのなかに、瓦礫が崩れるような音が紛れた。

 そして、男の声が続く。


「あの二人はまだ息があったな……」


 あの二人、誰だっけ。

 ああそうだ。千晴さんと王狼さんだ。

 私の大切な人。


「お前より先にあの二人を仕留めたほうがよさそうだ」


 あの二人を、仕留める。

 しとめる? 殺すってことか。

 ああそうだ、この人はそのためにここに居るんだ。


「――回復されて時間を稼がれては困る」


 私から離れていく足音。

 千晴さんと王狼さんが殺される。

 あの男に殺される。


 あの男って誰だっけ。

 ああ、王狼さんのお兄さんだ。

 そう、王狼さんの家族――。


「……立ち上がれるとはな」


 気が付くと私は立っていた。

 相変わらず頭は痛いし体に力は入らないけど、立ち上がれずにはいられなかった。

 この男の前で倒れるわけにはいかなかった。


「その耐久力は賞賛に値する。少々手を抜きすぎたか」


 ヴァルカンは振り返ると、大槌を構えながら歩み寄って来た。

 当たり前のように、私の命を絶ちに来ている。

 王狼さんの命も――実の家族の命も同じように。


「あんたの攻撃なんて全然痛くない……!」

「まだ喋る元気があったか……」

「殺させない、死なせない、絶対に……!」


 私は一歩前に出た。

 動かせるはずの無い足が勝手に動いた。

 足が地面についた衝撃で頭に電流のような痛みが走った。


 許せなかった。目の前の男が許せなかった。

 どうしてなの。どうして自分の家族を傷つけるの。

 あんなに素敵な人なのに、あんなに優しい人なのに。


 一度死んでしまったらもう取り返しがつかないのに。

 訳の分からない、うわべだけの決まりで大切な家族を殺す。

 そんなのがまかり通っていいはずがない。


 許さない。

 そんなの絶対――。


「――許さない」


 口から漏れ出た言葉、無意識に小さく出た言葉。

 その言葉にヴァルカンが一瞬動きを止めた。


「王狼さんを……ルディさんを殺すなんて許さない……!」


 感情の乏しかったヴァルカンの顔が、ほんのごく僅かに感情で揺れた。

 だけど、すぐに彼は歩みを始め、私の眼前に迫る。

 大槌はどんどんと赤みを増し、周囲の空気がその軌道に合わせて歪み、揺らめく。


「最大出力だ。頭を吹き飛ばす――」


 私はただ、ヴァルカンの顔を見据えていた。

 ふらつく体を気力で支え、虚ろな視線を無理やり持ち上げて、その瞳を見据えた。

 ヴァルカンの瞳に動揺の色が混じったような気がした。


(……怖気? こんな矮小な悪魔に俺が……いや、ありえん……!)


 だけど、それだけ。

 私にできる事なんてなにもない。

 ただ、絶対に目は離さない。


 唸りを上げて振りぬかれた槌は一つの光の帯となって私に迫る。

 妙にゆっくりと、その帯が――自分の死が迫ってくるのが見えた。

 絶対に、目を瞑るもんか。目を離してやるもんか。

 

 動揺の色が瞳から顔にまで染み出したヴァルカンの顔を最期までみてやる。

 迫りくる光でヴァルカンの顔が見えなくなった。

 その時、私の眼前に二つの何かが差し込まれた。


「―――――ッ!」


 轟音と熱風。

 だけど痛みはない。

 何かが、守ってくれた。

 

 何かなんて、そんなの分かってる――。


「千晴さん、ルディさん……」

「悪ぃ、ちょっと寝てた……!」

「ようやく、名前で呼んでくれたね……!」


 二人がヴァルカンを押し返すと同時に、私は前のめりに倒れた。

 地面に到達する前に、二人が私を抱き留めてくれた。

 二人は、私の頭から流れ出る血を拭き取ってくれた。


「こんなんなるまで頑張らなくてよかったのによ」

「すまない、私たちが不甲斐ないばかりに」

「私は大丈夫です……」

「無理すんな」

「ああ、もう君は休んでいてくれ」


 私をそっと瓦礫に寝かせると、二人は背を向けた。

 立てた指をぴっと振り、そのままヴァルカンに向かって行く。

 背中越しに「任せて」と言っているようだった。


 私の血で――聖女の血でその手を濡らしながら。


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