VS獄炎の鉄槌
二人の体から、血が滴る。
ビルの陰から黒肌の大男が、ヴァルカンが月明かりの元へと歩み出る。
何度刀を振り下ろしても、何度銃口を向けようと、ヴァルカンに届かない。大柄な体から想像できないほどの反応速度で大槌を振るい、最小限の動きで回避する。少しでもこちらの攻撃に隙間ができると、容赦なく重い一撃が飛んでくる。
千晴さんも王狼さんも致命傷を避けるのが精一杯みたいだ。二人が血に濡れて肩で息をしているのに対し、ヴァルカンは衣服の乱れすらないのが対照的だ。私もなんとか力になりたいけど、戦力には到底ならない。
でも、なにかしなくちゃ。
私は血を流す二人の前に出た。
「なんでなの、なんでこんなに強いのに王狼さんに……家族にこんな酷いことするの」
「悪魔に憑かれているからだ」
「悪魔憑きでも家族じゃない!」
「家族だが、悪魔憑きだ」
分かっている。今更私が何を言おうがこの人は攻撃を止めることは無い。だけど、少しでも二人が回復する時間を稼ぐしかない。
「悪魔憑きだからなんなの、王狼さんは人を襲ったりしない」
「今はな、だがいずれ正気を失う。我らが父もそうだった」
「お父さんと王狼さんは違うかもしれない!」
「希望的観測や半端な憐憫で消すべき火種を放置するのは愚か者がすることだ」
「それでも……」
「お喋りはもういい。先ほどから妙に危機感がないが、お前も狩りの対象だぞ」
大槌が風を切り、空気が揺れる。強大な殺意を向けられ、脚に力が入らなくなる。でも、へたり込むわけにはいかない。目をそらすわけないはいかない。私は歯を食いしばって、拳を握りしめてその場に立つのがやっとだった。
ヴァルカンが一歩踏み出すと同時に私から視線を外した。彼の視線は私の左右に振れた。千晴さんと王狼さんだった。なんとか回復する時間を稼げたようで、体の傷はふさがっているように見えた。治りが早いのはハカセの薬のお陰だろう。
「アンタ、意外とお喋りなんだな」
「…………」
「おいおい私にはだんまりかい? 似た者同士なんだから仲良くしようぜ?」
「……お前と俺の何が似ている」
「分かんねえかな、『悪魔』だってとこさ。……こちとら家族にはもう会えねえってのによ、せっかく生きてる家族に向かって、大真面目に殺すだなんだと言いやがって……そんなアンタは人よりも悪魔寄りだと思うぜ? だから似た者同士、だろ?」
「悪魔憑きごときと一緒にするな」
「まあ、確かにアンタと私たちじゃあ……違うとこもあるな」
静かにそう言うと千晴さんの体が紅く染まる。頭の防具が皮膚と同化し鬼の角のように変化する。王狼さんもまた、黙ったまま力を解放して、頭髪が伸びて獣の耳が頭に生える。
「正に悪魔だな……」
「正気のくせにてめえの妹殺そうとするほうがよっぽど悪魔だろ、おにーさま?」
「……行きます、兄様!!」
王狼さんの言葉と共に二人の悪魔と悪魔狩りは激突した。
千晴さんが刀を振るい、王狼さんが援護する。その形は変わっていなかったけれど、先ほどまでとは斬撃の、銃撃の密度が違う。刀身と槌の柄、頭部が打ち合う金属音が、三つの筒から放たれる銃撃音が、絶え間なく響き渡る。
だが、それでもなおヴァルカンには傷をつけるまでには至らなかった。防御する割合は増えているものの、こちらの攻撃は当たらず、ほんのわずかな隙間を縫うように反撃してくる。この男に隙なんてあるのだろうか。
「……ッ!!!」
「そんなものか?」
僅かな囁きの直後、千晴さんの体に大槌がめり込む。体と槌の間に刀を差し込み防御したものの、追撃するように開いた槌の頭部が轟音と共に閉じ、爆炎と共に千晴さんを吹き飛ばす。千晴さんは側面のビルに叩きつけられ、埃煙でその姿が消えた。
「千晴!!」
叫んだ王狼さんにヴァルカンは一瞬で距離を詰め、王狼さんが反応しきる前に大槌を振り下ろす。またしても金属音が轟き、爆炎が王狼さんを地面に叩きつける。咄嗟に銃身で受けたものの、王狼さんはひび割れた地面に倒れ伏した。
「姿を変えたところで何も――」
ヴァルカンが言い終わるより早く、王狼さんは飛び起き、かちりと引き金を引いた。咄嗟に身構えるヴァルカンだったけれど、銃口からは何も放たれることは無かった。代わりに、空中に固定されていた弾丸が、加速してヴァルカンの足元を狙う。
「そんな手を使っても――」
「今だ千晴!!」
足を上げて銃弾を躱したほんの一瞬、ヴァルカンの姿勢が崩れた。
その刹那、煙の中から千晴さんが飛び出し、懐に飛び込み刀を振り上げた。
「――……ッ」
千晴さんの振り上げた刀の風圧で、周囲の煙が晴れた。月明かりに光る刀身の傍にヴァルカンの姿はなかった。千晴さんが懐に飛び込んだ瞬間、驚くほど俊敏に後ろへ下がって躱したのだ。ヴァルカンは何事もなかったかのようにまっすぐに立った。
またしても届かなかった。そう思った瞬間、彼の黒い神父の衣装、その胸のあたりが薄く裂かれ血が噴き出した。ヴァルカンの目が驚きでほんのわずかに開かれる。千晴さんは切っ先にヴァルカンの血が付いた刀を構えなおし、口元の血を拭って不敵に笑った。
「……まずは一発ですねえ、おにーさま?」