聖女ゴブリン爆誕③
目を開けると、四人の悪魔が見下ろしていた。
「びゃあああ!!」
しゃがれた悲鳴を上げて飛び起き、壁際まで逃げていくとガラスに映った醜い悪魔の姿に、また悲鳴が喉から飛び出る。なにこの醜い悪魔。あ、私だ。
「忙しい奴だな」
「そういうところも可愛らしいじゃないか」
「あはは~☆ いいパニくり~バエる~☆」
「……ゴブリン一人寄れば姦しい」
「ここはどこ! 私は誰!」
「ここは私らの住処、お前さんは田中真理矢」
声をした方をみると、白衣の人がぺたぺたとこちらにやって来る。
「うわあ! 悪魔!」
「失礼な……今のお前さんの方がよっぽどそれに近いだろ」
「うぐ……」
「まあ、お前さんは悪魔じゃなくて聖女なんだがな」
「なんかもう色々分かんないんで説明してくださぁあい!!」
尻もちをついて叫ぶ私に、五人はやれやれと言った様子で顔を合わせる。やれやれじゃないよ、ふざけないでよこっちは必死なの!
身に起きた不満をぶつけるように精一杯威嚇してみるが、誰一人怯える事もなく面白い物を見るような眼で見てくる。一人はめっちゃパシャパシャ撮って来るし。この姿撮らないでほしいんですけど。
「さあて、まずは何から話すかねえ」
白衣の人がガタガタと椅子を引き寄せ、私の前に座ると、悪魔さんたちの一人が近づいて来た。びくっとしたけど、優しく微笑む彼女の手には椅子があり、それを私の後ろに置いてくれた。
びくつきながらも「ありがとうございます」と言って座ろうとすると指で制され、座面にハンカチが敷かれる。短髪の彼女はまたほほ笑むと、手を広げて私に座るように促した。
「さ、どうぞ」
「ふぃっ、どもです……」
お姫様みたいな扱い(見た目はゴブリンだけど)にどぎまぎしながら座ると、刀の人が吹き出し、にやにやとこちらを見てくる。こんなことされたの初めてだから仕方ないでしょう! できればゴブリンになる前に体験したかった!
「で、お前さんは何が聞きたい?」
「え、えっと…皆さんのお名前は……?」
一瞬の静寂の後、私を除く全員が笑った。
そりゃそうだ。こんな状況で名前を聞くなんてのん気すぎる。皆のってくれてそれぞれ名前を言ってくれるけど、恥ずかしくて顔が熱くて全然聞き取れない。
「私はまあ、ハカセとでも呼んでくれればいい」
「は、はあ……」
「で? 私らの名前以外に聞きたい事たくさんあるんじゃないのか?」
「そっ、そうですね! じゃああの、なんで私はこんな姿に?」
私が早口にそう言うと、白衣の人――ハカセさんは白衣に手を突っ込んだまま、椅子に深く座り直した。
「お前さん、聖女になると体が変化するのは知ってるだろ?」
「え、そうなんですか」
「そんなことも知らないで聖女になったのか?」
「はあ、まあ」
「……とにかく、聖女ってのは特別な儀式でその力を得るわけだ。その手順は流石にお前さんも知ってるな」
私が頷くと、ハカセさんは肩をごきごきと鳴らしてから続けた。
「聖水だなんだって儀式で聖女は色んな力を得る。人を癒す力がほとんどだな。傷の治りを早くしたり、落ち着かせたりな。んで、その力を得る過程で聖女の体に変化が起きる。耳が伸びたり、目や髪の色が変わったり、羽が生えちまったなんて話も聞く」
「あ、もしかして過去にも私みたいになった人が?」
「いいや? そんな面白い事になってるのはお前さんが初めてだ」
面白いって言わないでください。
「理由はよくわからんが、まあ人を癒すなんてのもイカレた力だ。非現実的な、それこそ化け物の力だよ。力を手に入れる代わりに悪魔も姿が変わる、聖女も姿が変わる。負の化け物か正の化け物かって違いしかないんだろう」
「ば、化け物……」
「まあそれでだ、聖女は体の変化が大きいほどその力は大きくなる。ちょっと耳尖るくらいの奴より羽生えたほうが能力が高いってわけだ。で、今のお前さんの姿はどうだ?」
「……ゴブリンですね」
「そう、さっきも言ったがここまで変化した聖女は今までいなかった。つまりお前さんは他の聖女よりも力があるのかもしれない」
「私がそうなるって分かってて攫ったってことですか」
「聖女ならとりあえずだれでもいいやと思って待機してたら、大当たり引いただけだ。大外れかもしれないけどな」
一言余計じゃないかな。
「だけどな、さっきお前さんの血を舐めたこいつ等の覚醒具合を見るに、外れではなさそうだ。市販品の魔除け聖水やら、適当に拝借した聖女の血じゃああそこまではならなかった」
「適当に拝借って……」
「心配すんな、献血に来た聖女様の血をちょびっと拝借しただけだ。安心しなよ他の輸血用の血には手は出してない」
そういう問題だろうか
「でだ、お前さんがなんでそんな面白い事になっちまってるのかを調べさせてほしい。そっちにメリットがないわけじゃないし……なっ!」
ハカセさんはポケットから何かを取り出した。試験管かなと私が思うと同時に、いきなり中身を私の顔にぶちまけた。突然の事で反応できず、ぬるい水のようなものが目と口に入ってしまった
「うぇ! 目ぇ痛った! げっほ! 何するんで……!」
はっとして自分の喉をおさえた。
「声が、声が戻ってる!!」
「それだけじゃない」
ハカセさんが差し出した鏡を見ると、目元だけが私のものに戻っていた。
嬉しいけどなんだこれ気持ち悪っ。
「結構濃度高めのをぶっかけたんだが、目元と声だけか……」
「い、今のはなんですか?」
「私の研究成果、ってところだ。べつにファッションで白衣着てるわけじゃない。私は悪魔研究者だよ」
非公認だがね、と言いながら博士はまた肩を回した。
「こいつらが人の形しながら悪魔の力を持ってるのも、私の研究の賜物ってわけだ。……それで、ここからはお前さんへの提案だが、ここに居て私の研究を手伝ってはくれないかな?」
「け、研究……なにか痛い事されるんですか?」
「ちょっと血を貰うだけだ。寝てる間にちょこっとな、だから痛みも感じないし貧血になったりもしない筈だ。たぶん、きっと、おそらく」
「そこはっきりしてくださいよ! それにそんな急に言われたって……」
「別にいいんだけどね、他にお前さんを治す術に心当たりがあるなら」
「う……っ」
「その見た目じゃ受け入れてくれる場所があるか疑問だがねえ」
「あ、悪魔……」
「悪魔じゃない、人間だよ。大丈夫危ないことなんてなんもない」
ハカセさんはにやりと笑うと、前かがみになってだらりと手を伸ばしてきた。
「そんじゃあよろしく、聖女ゴブリン様?」
私は、その手を取るしかなかった。