残念だ
真理矢たちが出立した頃、同じように月明かりを浴びている男がいた。男の体は血に濡れていたが、それらすべてが足元に転がる悪魔達の返り血だった。男が黒肌と大槌に着いた血を拭うと、その傍に大きな梟が――ミナーヴァが舞い降りた。
「あらあら~、まだこんなに居たのね~」
「その大穴を塞がん限りいくらでも湧き出てくる」
男は――ヴァルカンは手にした大槌で地面に空いた大きな穴を指した。見上げるほどのビル二つのちょうど真ん中の部分に、直径100メートルはあろうかという穴が口を開いていた。そのすぐ脇にうず高く積まれた悪魔の死体の上に二人は立っていた。
「あら~? ここのは一度私たちでふさいだわよね~?」
「あの時の悪魔は仕留めそこなった。おそらくそれが原因だろう」
ヴァルカンはその大穴を死体の山の上から覗き込んだ。その穴の底には月明かりはおろか、太陽の光も届かない、そう思えるほど暗く深い穴だった。
「この国では日に2、3件の悪魔被害が出る。初期に比べれば落ち着いたそうだがそれでも異常な数だ。こんな大穴があとふたつもあれば当然か」
「そうね~私たちの国では週に1件あるかってとこだもんね~……元々は四つでそのうち一つはルディちゃんたちが塞いだのよね~」
「そうだ、その功績を鑑みて我々の元へと戻ることを許可した。次こそは『あの悪魔』を完全に殺し、この穴を塞ぐ。それが我ら一族に課せられた義務だ」
ヴァルカンは静かに、けれども異論は聞かないといった調子でそう言うと、大槌をひとつ振るった。その衝撃で死体の山が、血と肉片をまき散らしながら、穴の奥底へと落ちていった。
「ミナーヴァ、分かっていると思うが今一度言う。妙な情けはかけるな」
「もちろんよ~ヴァル兄様の決定には従うわ~」
「ならばいい」
そう言い残して背を見せる兄を、ミナーヴァは静かに見ていた。そして目を閉じ、耳を澄ませた。首をあちこちに回し、辺りの音を集める。
「とりあえず悪魔はもう…あら……」
「どうかしたか」
「来てるわこっちに…ルディちゃん、とあと四つの音が……」
瞬間、ミナーヴァは目の前の兄から放たれた殺気に目を開いた。自分に向けられているわけではないのにも関わらず、全身から脂汗が吹き出し、それが肌を上って行くかのようだった。
「……残念だ、ルディ」