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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~悪魔狩りの一族~ 編
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頑張る

 ルルちゃんたちの泣き声が収まると、王狼さんは顔を上げた。


「銃口を向けてすまなかったね。怖がらせた」

「怖くなかったですよ、王狼さんが撃つはずがないですもん」

「君には敵わないね」


 小さな狼娘たちを抱きながら、王狼さんはようやく小さな笑みを見せた。それを合図にしたかのように部屋の扉が開かれ、ごきりと肩を鳴らす音が聞こえた。


「終わったか? もう私もお前さんらも戦うしかないんだ、最後までな。周りの奴ら巻き込む覚悟ができたんなら降りてきな」


 ハカセはこちらの言葉を待たずにそう言うと、黒色の義眼でぎょろりと王狼さんさんを見た。王狼さんが静かに頷くと、ハカセはまた肩を鳴らしてから、顎で部屋から出るよう促した。


「明日の朝まで待てないっておバカさんたちが下で騒いでる。お前も寝られないだろう? 下に来い、私の新作をお披露目してやる」


 ハカセが出て行くと、王狼さんの体にすがりついていた三人は体を離し、銃の姿へと戻った。そしてそのまま王狼さんの背に収まった。部屋を出て廊下を歩く王狼さんの足どりはしっかりしてた。とりあえず大丈夫そうだ。


「おう、戻ったか」


 一階に降りると、千晴さんがソファから立ち上がった。その手に握られた刀はすでに鞘から解き放たれ、抜き身のまま肩に乗っかった。その様子に王狼さんは深くため息をつき、


「まだ敵も居ないのに鞘から抜くな危なっかしい」

「……戻ったみてえだな」


 千晴さんは歯を見せて笑い、刀を鞘に納めて座り直した。その横で蛙田さんも花牙爪さんも自分の武器を手入れしているようだった。……スマホをいじくって、爪をがちがちしてるだけだけどきっとそうだ。


「さあて、せっかちさんのお前さんらに新作のお披露目だ」


 どこからかハカセが現れた。その手には何本もの試験管のようなものが握られており、その中には緑に少し赤が混ざったような液体が入っていた。


「これはいつものごとく真理矢の血を精製したもんだが、特別な薬品も混ぜて治癒能力に特化した配合をしてある。この前の魔屍画での戦いじゃスタミナ切れで押し切られたからな」

「スタミナ切れだ?」

「お前さんらが聖女の血で覚醒した時の最大のデメリットは長続きしないってことだ。今回のこれは覚醒度合いはそこまでじゃないが、体を治癒しながら長く戦える。ゆくゆくは覚醒度合いそのままに長時間戦えるようなものを作りたいが、今はこれが限界だな」


 ハカセから試験管の様な物を受け取る。

 あれ、私の飲むのこれ。


「今回のは回復効果が持続する。真理矢も飲んどけ、毒じゃないからな」


 自分の血が入ってるものなんてあんまり飲みたくないけれど、そうも言ってられない状況になるだろう。なにせ、これから戦うのは私たちが魔屍画で倒せなかった悪魔を軽々と倒してしまうような人たちだ。


「でだ、何の策もなく真正面から突っ込むのは馬鹿だ。ルディ、あの二人の事は話せるか?」


 ハカセの言葉に、私は反射的に王狼さんの顔を見る。その顔はわずかに緊張しているように見えたけれど、その顔色はいつもの王狼さんだった。


「はっきり言うが、勝てる気はしない。それだけあの二人は強い……本当にそれでいいのか、まだ全然分からない。だが、不思議と負ける気もしない」


 王狼さんが自信ありげにそう言うと、千晴さんたちも「当たり前だろ」「そうだね~☆」と続いた。


「二人に共通したところだが、あの衣服は特別製だ。並みの悪魔の爪や牙では傷一つつかない」

「なるほど、ハロウィンにしては季節外れだと思ったけどな」


 千晴さんの軽口を軽くいなして、王狼さんは続けた。


「だが、私たちの攻撃を通さないほどではない、筈だ。私が飛び出した後も改良は加えられているとは思うが……とにかく、頑丈なものだがまったくダメージが通らないわけじゃない。それより問題は当てられるかどうかだ、特にミナ姉様は……」


 ミナ、さっき私たちの前に現れた女性だ。確かにあの人の動きは目で追えなかった。


「ミナ姉様の装備は梟をモデルにしている。猛禽のような鋭い爪での切り裂きが攻撃手段だ、かつては飛び道具がないことを懸念していたから……もしかすると改善されているかもしれない、気を付けてくれ」

「ま、性能が何年も前のままなわけないわな」

「何より、問題は稼働音が極端に小さい事だ。ミナ姉様の隠密技術も相まって、ほぼ無音で移動してきて気が付けば懐に入り込まれている。かつては僅かな音が聞こえたものだが、きっと今の装備は……音で判断しないようにしてくれ」


 音の無いまま襲い掛かってくる相手にどう対処したらいいのだろう。私は少し考えていたけれど思いつかず、王狼さんに「なにか対策は思いつきますか」と尋ねた。


「そうだね……弱点は静音性に特化した分、攻撃はそこまで強くはないということかな。基本的にミナ姉は急所を切り裂くことで悪魔を狩っていた。だが、ミナ姉様は一瞬で距離を詰められるし、恐らく殺傷能力も強化されているし、飛び道具も追加されているかもしれない」


 聞けば聞くほど対処のしようがないように思えてきて、私は「うーん」と唸った。


「ミナ姉様相手に攻撃をくらわないというのは不可能だ。だからある程度攻撃を受けられる再生力と、攻撃を受け止める頑強さが必要だ」

「あはは~☆ だったらワタシかな~?」

「……餅は餅屋」

「そうだな、二人にはミナ姉様を相手にしてもらったほうがいい」

「なら私らの相手はあのデカブツか」

「そうだ、ヴァル兄様……」


 その名を口にしただけで、王狼さんはぶるりと身震いした。


「あの人は天才だ。肉体的な強さも、精神的な強さも、戦いのセンスも……突然変異かなにかだ、あの人は」

「ま、ソレと戦わなきゃいけないわけだから……なんかねえのか」

「まず、あの人の武器は巨大な槌だ。内部の機械でエネルギーをため込み、打撃と同時にそれを爆発させる。それ以上でも以下でもない、単純さがそのまま威力につながっているような武器だ」

「ば、爆発するハンマーですか……弱点、まではいかなくても何かないですか」

「そう、だね……ヴァル兄様は基本的に大型の相手を想定しているから、ひとつひとつの攻撃は大ぶりだけれど……当然小さなターゲットにはそれ相応の動きで対処してくる」

「だーもう面倒だ、私がかわして斬る! それでどうだ」


 この人は何のために作戦会議開いているのか分かっているのだろうか。


「いや、それでいこう」


 それでいいんだ。


「私が援護して、お前はどんどん突っ込め。かなりやられるだろうがそれしか活路はない。それに、お前ならいくら痛めつけられても私の良心は痛まない」

「よく言う! 私も大事な家族だろ? さっき上で叫んでたもんな!」

「……お前は含まれてない」

「なにぃ?」


 立ち上がってメンチを切り合う二人の間に飛び込んで止める。この二人はなんでこうなるのか……でも、どっちの顔にも笑みが浮かんでいる。うん、これでいいんだ。これが私たちだ。


「じゃ、決まりだな……もう行くのか?」

「そうだな、このワンちゃんがビビっちまう前に行かないとな」

「お前こそ怖気づいて逃げるなよ?」

「はいはい、もういいですから!!」


 私が二人を引き離すと、王狼さんはふっと表情を変えた。


「……皆、あの二人は本当に強いんだ」


 その顔には、また恐怖と、不安が戻ってきているように見えた。


「だから、皆――頑張って戦おう」


 普段の大仰な王狼さんからは考えられないほど、幼稚でありきたりな言葉だった。でも、かえってそれが私にはすんなり受け入れられた。王狼さんの、本心からの言葉だと思えた。戦いたくない相手と戦う事になった。だったらもう『頑張る』しかない。


「よかった、また弱気なこと言ったらぶん殴ってた」

「あはは~☆ ガンバるガンバる~☆」

「……石に立つ矢」


 そうだ、私たちはこれでいい。どうにもならないことがあっても、皆で頑張って乗り越える。私も皆のお陰で頑張れた、乗り越えられた。今度は王狼さんを私たちが頑張って助ければいいだけの話だ。


「そんじゃあ、行って来ます!!」


 千晴さんが勢い良く扉を開け、王狼さんの家族が――敵が待ち受ける場所へと向かう。時間は深夜、夜の闇が辺りを覆っていた。でも、空からの優しい月明りが、私たちの道を照らしてくれていた。


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