あの時も
「……王狼さん?」
私は振り向けないまま、背後の王狼さんに声をかけた。返答はなく、振り向こうと頭を動かそうとすると後頭部にまた何かが押し付けられる。その感触からやはり王狼さんは私に銃口を向けているのだと確信した。
「どういうことですか……?」
「ごめんね、私は…怖いんだ……」
「きょうだいと戦う事がですか、でも皆で……」
「そういう事じゃないんだ!!」
私の言葉を遮るように叫んだ王狼さんの声は震えていた。
「君たちは、あの人たちのことを何も知らないだろう。殺されるだけならまだマシだ。でも、捕まったとしたらどうする? ああ、きっとここに居る皆は強いから兄様も興味を持つだろうさ!!」
聞いたことの無い王狼さんの声色、取り乱し、自暴自棄になっているかのようなその言葉に私は短く「興味?」とだけ聞き返した。
「私たちの家が何故悪魔狩りを行えたと思う? 優秀な子を産ませるだけでそんなことができるわけがないだろう? 答えはね、膨大な数の悪魔を、悪魔憑きを捉えて『解析』してその知識をため込んでいるからだ!」
荒く息を吐く王狼さんを刺激しないように、私は黙っていた。
「捕まえた悪魔や悪魔憑きを縛り付けて、どの程度痛めつければ死ぬのか、どれくらいの血を流せば死ぬのか、死なないように気を付けながら、そんな拷問みたいなことを延々と繰り返すんだ! 何時間も、何日も、何度も何度も! そうやって得た知識を身に着け、応用できるからこそ常人以上に悪魔を狩れるんだ!」
きっと、王狼さんはその光景を見てきたのだろう。だからこそ、言葉で聞いているだけの私すら背筋に悪寒が走るほどの現実味が、彼女の言葉から感じられるんだろう。
「私はね…真理矢……君たちにそんな目に遭ってほしくないんだよ!!」
王狼さんの声は相変わらず恐怖で震えているようだったけど、さっきまでのものとは違って聞こえた。
「今は許されても兄様のことだ、きっといつかは皆を見つけ出してそうやって殺される。例え私が大人しく戻ったとしてもね! けどね! ここで私が殺せば……皆が惨たらしく死ぬことはない…苦しませずに死なせてあげられる……私みたいな出来損ないには…それしかできない……!」
背後で王狼さんは、「ごめん」と繰り返し繰り返し、涙で震える声を絞り出していた。私はゆっくりとカップを机に置き、静かに立ち上がった。それからまた時間をかけて、王狼さんに向き直った。
「謝るのはこっちです、王狼さん。貴女の気持ちも考えず、私たち勝手に……それで貴女を追い詰めて、こんな……」
「…………」
「王狼さんは優しい人だってずっと思ってました。でも、それは間違いでした」
「ああ、そうさ。私は君たちを――」
「王狼さんは、とってもとっても優しい人だって、今分かりました」
「な……」
一歩、王狼さんに近づく。
「私たちのことを想って、辛い決断をしてくれた。自分だけが傷つく道を選ぼうとしてくれた」
「そんな、そんなことは……」
また一歩近づく。
私の眼前の銃口が、ゆらゆらと迷う。
「でも、王狼さん。私はそんな王狼さんを見捨てる事はできません。貴女が私たちに惨い目に遭ってほしくないように、私たちも王狼さんに望まない選択をしてほしくないんです」
「駄目だ、駄目だよ……!」
ゆっくりと手を伸ばし、銃に触れる。
「だから王狼さん、一緒に戦いましょう。貴女が私にしてくれたように……」
そう、王狼さんも私が過去を断ち切るために力を貸してくれた。だったら今こそその恩を返す時だ。王狼さんと一緒に戦う、もうそれは私の中では動かない結論だ。たとえ、王狼さんに撃たれとしても。
私は銃身に当てた手にゆっくりと力を込めた。僅かな抵抗を感じながらも、少しずつ銃が下がって行く。ゆっくり、ゆっくりと銃口が下を向き、私の腹部まで来たところで、銃身が青く光った。
「ルディ!」
青い光は三つに分かれ、狼の少女たちが王狼さんの名を呼び飛びついた。
「やっぱりダメなの! 皆とお別れなんて、ヤなの!!」
「そうよ! なんとか、なんとかしようよ!!」
「るでぃい……!」
三人に見上げられ、ぐいぐいと服を引っ張られ、王狼さんは固く目を閉じた。そしてゆっくりと震える手を広げ、膝をついて三人を抱きしめた。王狼さんは黙っていたけど、ルルちゃんたちはわんわんと泣きだした。
「王狼さん……」
「……そうだ」
「え?」
「あの時も、そうだった……」