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聖女ゴブリン 今日も嘆く  作者: 海光蛸八
魔屍画~悪魔狩りの一族~ 編
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悪魔狩りの家

 突然音も無く現れた彼女に私はすぐに反応できなかったけど、千晴さんはすぐに刀を鞘から引き抜き突き付けた。蛙田さんも悪魔なスマホを起動し、花牙爪さんも爪を伸ばす。


「てめえ一体――!」

「待って待って! 明日までは戦う気は無いわ~」


 女は両の手をひらひらと振り、この場の空気に似つかわしくないおっとりとした口調でそう言った。だけど、はいそうですかと引き下がる千晴さんではないし、今の状況ではそれが正しいだろう。


「さっさと出て行け、出て行かねえと……!」

「今は戦わないって言ってるのに~」


 瞬きする間に目の前から女は消えた。ばたんと音のした方を見ると、彼女が開けて入って来た窓を閉めているのが見た。まただ、また音もなく移動した。千晴さんたちも目で追い切れていなかったようで、私達の周りの緊張感が増す。

 女が振り向き、また敵意がない事を示すように両手を上げると、ハカセが立ち上がって千晴さんの手を掴み「話だけでも聞こう」と刀を降ろすよう促した。千晴さんは瞬時ハカセを見つめてから、「わかったよ」と刀を降ろしたけれど、鞘には戻さなかった。


「と、いう訳でお話を伺いましょうかお姉さん?」

「よかったわ~このまま殺されちゃうかと思ったわ~」


 ハカセが席のひとつを顎で指し座るように促すと、女は先ほどまでの移動速度は何だったのかと言いたくなるようなおっとりとした動作で歩いて席についた。彼女を囲むように私たちも座る位置を直す。


「ヴァル兄様にはやめろって言われたけど、こっちの事情も説明しないとと思って~」

「そっちの事情ねえ。いきなりウチに飛び込んできて、ウチら全員殺しますってのを納得できるよう説明できんのならしてみろよアンタ」


 千晴さんが挑発するように言っても、目を細め「アンタじゃなくてミナーヴァって呼んでね~」と梟のように首をかしげるだけだった。つかみどころが無いけれど、敵意がないのは確かみたいだ。


「あの子のことだから、自分の生まれもなにも話してないんじゃないかと思ってね~」

「生まれ……?」


 私が無意識に口に出すと、ミナーヴァと名のった女は笑顔を顔に貼りつけたまま頷き、話し始めた。


「まずは私たちの家の事から話さないとね~」


 ミナーヴァの話によると、王狼さんの生家は大昔からから続く、悪魔祓いを生業としてきた家らしい。昔は信頼されていたエクソシストだったけれど、徐々に腐敗し金銭や色欲目当てのただのカルト組織と化し、信頼を失い、地方へ追いやられてしまったそうだ。


「いつの時代でも長く続きすぎるのはよくないわね~。でも……」


 しかし、この世界に実際に悪魔が出始めた。そしてその家の者が悪魔憑きを追い払ったりしたため、徐々に地域の住民に頼られる存在となり、数年で村だけでなく近くの大規模な都市を治めるほどにまでなっていた。ちょうど聖歌隊のような感じだろうか。

 それが可能だったのも、王狼さんを含めた優秀な悪魔狩りが居たからだそうだ。王狼さんの父親は、一族の復権のために先代たちがため込んだ金銀を湯水のように使い、優秀な家系の女を集めて子を産ませていたそうだ。


「たった一代で優秀な子を生み出すなんて不可能よね~……でも、実際に兄様やルディちゃんみたいなとびきり優秀な子も生まれたから、あながち間違いでもないのかもね~」

「王狼さんは、そんなに優秀だったんですか?」

「そうよ~。あの子が3歳になるころだったかしら~村に現れた悪魔憑きの頭を銃で撃ち抜いたの~。あの子ったら銃なんて一度も手にしたことのなかったのにね~。その後もあの子はどんどん強くなって~」


 私は、嬉しそうに話すミナーヴァを憎み切れない気持ちが湧き出てきた。もしかしたら、この人ならどうにかしてくれるかもしれない。私が説得をお願いしようと口を開いたところで、ミナーヴァの顔から喜色が消えた。顔は笑顔のままだけど、ぞくりと背筋が震えるような冷気がその笑顔の裏からにじみ出ていた。


「でもね~あの子は悪魔憑きを庇って……それだけじゃなくて、自分も悪魔憑きになってしまったの~。それは許されないの、絶対にね。それが私たちの家の掟なの~」

「そんな、もしかしたらその悪魔憑きたちにも事情があったのかもしれないじゃないですか。わ、私たちだってそうです! 悪魔になったからって皆が皆……」


 ミナーヴァは「それでも駄目なの」と私の言葉を冷たい声で遮った。


「どんな事情があれど、悪魔憑きは許しちゃいけないの~。例えそれが――兄弟姉妹であってもね」

「え……」

「ルディちゃんが庇ったのは私の妹や弟たち。ルディちゃんやヴァル兄様とは違った、私よりもさらにもっと弱い……父様の言葉を借りれば『失敗作』たち」

「……失敗作?」


 花牙爪さんが珍しく低い声を出し、ミナーヴァを睨みつけたけれど、彼女はお面のように笑顔を貼りつけたまま話しを続けた。


「家族とはいえ、悪魔憑きを庇ったことに父様は酷くお怒りになってね~。庇った罰としてルディちゃんの前でお父様の手で全員殺されちゃったの~」


 全員、家族を殺したのか。王狼さんの目の前で。なんていう酷いことをするんだ。そしてそれを何でもないように言うこの人はなんなんだ。


「それと、家長に逆らった罰としてルディちゃんが飼ってた犬も一緒に……今にして思えばそれがいけなかったわね~。兄弟姉妹たちの魔素がその犬に集まって、あの悪魔が産まれてしまって、それを使ってルディちゃんが逃げちゃったのね~」


 あの悪魔、ルルちゃんたちのことだろう。


「それで、てめえはルディを殺しに来たってことか」

「ん~少し違うわ~。つい最近父様が死んでしまって~……ああ、悪魔憑きになってしまったからお兄様が殺したんだけど~、お父様でも悪魔憑きになるとあんな風に人を襲うなんてね~」

「あはは~☆ 偉そうにしてる父親ってそんなもんかも~☆」

「そうなると、野放しにしておいたルディちゃんも危険だ~ってことになって~最近は私たちの国の悪魔被害も少なくなってきたからこの国まで来たんだけれど~……ルディちゃんったら悪魔狩りを続けてるじゃないの~!」


 お面の笑顔を貼りつけながら、ぱちぱちと拍手する。


「それで、なんとか兄様を説得して~ルディちゃんを連れ戻して見張っていましょ!

ってことになったの~。でもまさか兄様ったら貴女たちを殺せだなんて~」


 笑顔のまま首をかしげたミナーヴァは、頭の傾きを元に戻すと、こほんと咳払いした。


「だから、貴女たちには逃げてほしいの~」

「あ? 逃げろ?」

「そうそう~私たちがこの国を出るまでの間だけでいいから~兄様だってそこまでしつこく追いかけはしないわ~」

「で、でもそうしたら王狼さんは……」

「そうね~ルディちゃんは諦めてもらうしかないわ~」


 そんな事できるはずもない。王狼さんはあんなに怯えていた。それに話に聞いただけでも頭がおかしくなるような仕打ちを王狼さんにした場所にあの人を戻すわけにはいかない。王狼さんだってそれは望んでいない筈だ。

 絶対に受け入れられない提案だ。それは皆も同じようで、全員が険しい顔でミナーヴァを睨みつけていた。悪魔憑き、それも並みの実力ではない3人に睨まれてなお、ミナーヴァは表情を崩さなかった。


「あらあら~これ以外に選択肢はないのよ~? 兄様の強さは並大抵じゃないわ~それに私も基本的に兄様……家長には逆らえないわ~」

「話したいことは以上か? 悪いがお前さんらの妹は絶好の研究対象でね。そういった面でも手放す気はないんだなこれが」


 ソファに沈み込みながらハカセがそう言うと、ミナーヴァは「あら~」と笑顔のまま眉を下げ、困ったような顔を作った。しかし、すぐに元の表情に戻り、おもむろに立ち上がった。咄嗟に千晴さんたちが身構える。


「伝えたいことは伝えたわ~あとは貴女たちで話し合って決めてね~」


 ミナーヴァはおっとりとした動作で入って来た窓の方に向かい、そのまま通り過ぎて出入り口の扉に手をかけてこちらを振り向いた。


「そうそう、あの子の話も聞いてあげてね~。色々かいつまんで話しちゃったから」


 扉を開けると冷たい風が吹きこみ、冷気に顔が強張る。


「お、王狼さんは渡しません!」

「おい! 兄貴に言っとけ! ルディはやらねえってな!」

「あはは~☆ いざ尋常に~☆」

「……根を立って葉を枯らす」


 ミナーヴァは冷たい風を背に、こちらただじっと見て佇んでいた。しだいに風が弱まり、ぴたりと止んだその瞬間、ミナーヴァはまた音も無く消えた。そしてまた、冷たい風が私たちを包んだ。


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