皆さんこんばんは
「王狼さん……?」
私が静かに話しかけると、王狼さんはピクリと肩を揺らした。それからぷつんと糸が切れたように床にへたり込んでしまった。私が駆け出す前にルルちゃんたちが王狼さんに駆け寄った。
「ルディ! どうしたの!?」
「さっきの二人はなんなのよ!」
「るでぃ、だいじょぶ……?」
王狼さんはぶるぶると震える手でルルちゃんたちの頭を撫で、何か言おうと口を開いたけれど、声は出ずに細い呼気と喉が鳴る音しか聞こえなかった。
「……お前さんたちなにしてんだ? さっきのは誰だ?」
事情を知らないハカセが背後から顔を覗かせた。床にへたり込んだ王狼さんを見ると「何があった」と真っ黒な方の目で私の方を見て真剣な声で言うので、何があったかを簡単に説明した。
「……ということなんですが、私もよくは分からなくて」
「なるほどな、ルディは話せ……そうもないな」
「いや、だいじょうぶだよ……」
「そうは見えんね。いいから少し休んだらどうだ? お前さんがまともに話せるようになったら相談しよう。そうさな、陽が落ちる頃になったら皆で考えようじゃないか」
ハカセがごきごきと肩を鳴らすと、千晴さんが立ち上がった。
「相談するまでもねえ、返り討ちにするしかねえだろ!」
「あはは~☆ さんせ~☆」
「……乾坤一擲」
千晴さんたちは武器を手にわあわあと騒ぎ出してしまった。ハカセはため息をつき、白衣の下から杖の様な物を取り出し、三人の体を順番につついた。瞬間、「ぎゃあ」という声が三つ上がり、騒ぎ声はうめき声に変わった。
「ぅい…でで……」
「さっきまでズタボロだったの忘れたのか? 私の薬湯の効きをよくするためにとっとと横になれ! ちょうど陽が落ちるころには全快してる。分かったら黙って休め悪魔ども!」
床に転がってる三人のお尻を謎の杖でぺぺぺんっ!と叩いてハカセはまた地下の研究室に戻って行ってしまった。「うぅ……」とうめき声をあげて千晴さんたちが立ち上がり、壁や手すりにもたれかかるようにして歩きながら、なんとか部屋へと向かって行った。
王狼さんもルルちゃんたちに連れられて自分の部屋へと戻って行った。すれ違った時の王狼さんの顔は蒼白で、目の焦点もはっきりと定まっていなかった。あの人があんな顔するなんて――。
取り残された私はどうしたらいいのだろうか。千晴さんたちほど傷は深くないからもうなんともないけど、これから何をしたらいいのか分からない。とりあえず私も自分も部屋に戻ろうと階段をのぼる。
自分の部屋に戻って、ついさっきあった出来事を思い返してみる。
あの二人は王狼さんの家族なのか?
姉様、兄様と言っていたのだから間違いないだろう。
悪魔狩りの姉と兄。
悪魔憑きである千晴さんたちを狩りに来た。
明日の正午までに王狼さんが千晴さんたちを殺せと言った。
そうしないと、千晴さんたちが狩られる。
あの魔屍画の悪魔を殺すほどの実力だ。
いくら千晴さんたちが強くてもどうなるか分からない。
何とか和解できないものだろうか。
王狼さんも皆と同じ悪魔憑きだけど態度が違った。
家族なんだから王狼さんの言葉を聞いてくれるかもしれない。
私たちが悪魔を狩っていること教えたらどうだろうか。
でも、そんなことはきっと知っているのだろう。
ああ、なんでこんなことになってしまったんだろう。
なんで王狼さんが家族と私たちの間に挟まれるようなことになってしまったんだろう。
もやもやと考えているうちに時間は過ぎ、空がオレンジ色から青く、黒く変わっていく。そろそろ時間かとドアに向かうと、廊下の床がミシミシと軋む聞きなれた音が聞こえた。多分花牙爪さんだ
私が部屋から出ると、ちょうど千晴さんと蛙田さんも部屋から出てきた。頷いて歩き出した二人も、前方を歩く花牙爪さんも、足取りはしっかりとしていた。四人で一階に降りると、ソファに座っているハカセが見えた。
王狼さんの姿はなかった。
千晴さんが辺りを見回してから「あいつは?」と聞くと、ハカセは「もうすぐ来る」とだけ答えた。千晴さんは口をへの字に曲げ、何度も小さく縦に首を動かしてからソファに腰掛けた。私もその隣に座り、蛙田さんたちも席についた。
「さて、それじゃあ――」
ハカセが口を開くと同時に、冷たい風が部屋の中を吹き抜けた。風が吹いてくる方向に反射的に顔を向けると、窓が開いていた。おかしいな、さっきまであそこの窓は締まっていた気がしたけど。窓が音もなく開く事なんてあるのだろうか。
音も、なく。
ハッとして視線を戻すと、ハカセのちょうど真後ろ。鳥の羽のような黒い装備、猛禽のような爪。そこには一人の女が――王狼さんが「ミナ姉様」と呼んだ女がそこに立っていた。
「皆さん、こんばんは~……」