悪魔を狩りに
「ルディのきょうだいについて知ってることなの?」
私の質問をオウム返ししたルルちゃんは、うーんと唸って腕を組んだ。
「ごめんなさい、よく知らないの」
「私たちがめざめた時にはルディはもう一人だったのよ」
補足するように話すロロちゃんに続き、スゥちゃんも「んみぃ」と呟きながらこくこくと頷く。ずっと王狼さんといたであろうこの三人が知らないというのならば、本人が話してくれるのを待つしかないだろう。
「ごめんね変な事聞いて」
「ううん……ただ、私たちがめざめた時、ルディはボロボロだったの」
「そうなのよ、ボロボロで一人で……でも私たちにはとっても優しかったのよ」
「るでぃ、好き……」
私は小さな狼娘たちに笑いかけ、「ありがとう」と頭を撫でた。ルルちゃんたちはぴこぴこと耳を動かし、機嫌よく尻尾を振った。
結局、何も聞きだすことはできなかった。ルルちゃんたちと出会った時には既に一人だった。テレビに映っていたお姉さんとお兄さんはその時には居なかった。そしてその二人は悪魔狩り。込み入った事情があるのは誰でも分かるだろう。
その事で王狼さんがなにか悩みを抱えているとしたら、なんとかしてあげたいとは思う。でも、家族の事情ならずけずけと踏み込むわけにもいかない。その時が来たら王狼さんの方から話してくれるだろう。
結局また同じ結論に戻った、その時。
がちゃりと玄関の扉が開いた。
そこに立っていたのは、一組の男女。
テレビで見た顔。
王狼さんの姉と兄。
魔屍画の悪魔を狩れるほどの――
――悪魔狩り。
「失礼……こちらに悪魔憑きが居ると聞いたのだが」
大柄な男が口を開き、低いけれど耳まで届く声で言うと、千晴さんが机の上に置いてあった刀にゆっくりと手を伸ばした。けれど、瞬きする間にその刀は消えていた。驚くよりも先に、目の前に机の向こう側に見慣れない女が居るのが見えた。
「あらあら~物騒なものは没収よ~」
女の腕には奇妙な機会が取りつけられていた。真っ黒な羽のようなものが手首から肩の辺りまで生え、千晴さんの刀を握る手には猛禽類のような鋭い爪が付いてる。にっこりと笑った顔を傾ける様子は、まるで黒い梟のように見えた。
「……返せよ」
「う~ん、危ないことしないって約束してくれるならいいわ~」
「あはは~☆ そっちこそ……私たちを狩りにきたの~?」
「どうだかな」
「……兵強ければ則ち滅ぶ」
花牙爪さんが立ち上がると、黒い肌の男は腰に取り付けた大きな金槌のようなものに手をかけた。何かの儀式にでも使うのかと言うほどに装飾が施されたその大金槌は、建設や解体作業に使うような代物ではないと一見で分かった。
大男は花牙爪さんや蛙田さんから無防備にも目を離し、後ろを向いて悠々と扉を閉めてみせた。花牙爪さんも蛙田さんは、その間に何もすることができなかった。二人の表情を見ると、敵意があるか判断しかねたわけではなく、隙が見つけられなかったなのだと伝わって来た。
男が振り向くと、肌をぴりぴりと刺すような緊張感が走った。花牙爪さんと蛙田さんは男に向かって武器を構え、千晴さんも女を睨みつけていつでも飛びかかれるような姿勢だ。呼吸の音すらも聞こえない沈黙が、私たちを包んだ。
私にはどうすることもできず、怯えるルルちゃんたちの前に手を広げて座っている事しかできなかった。こんなことで守ることはできないなんて分かっていたけど、何かしなくてはと体が動いた。何かのきっかけでこの沈黙は弾けてしまう。その予感に私は全身に汗が滲んだ。
沈黙を破ったのは、またしても扉を開ける音だった。
「すまないルル、お前たちを忘れて――」
息を切らせて戻って来た王狼さんの呼吸は、ひゅっと鳴った喉の音と共に小さく震えた。
「――ミナ姉様、ヴァル兄様……」
王狼さんの顔は、普段のキザで余裕たっぷりの様子から考えられないほど怯えていた。口元はわなわなと震え、その震えが口から喉へ、喉から肩へ、そして体を通って足へと向かった。王狼さんは立っているのでやっとの様子だった。
「ルディ、やはりここにいたのか」
「久しぶりね~ルディちゃん~」
「なぜ、ここに?」
途切れ途切れ、息を何度も喉に詰まらせながら王狼さんが問いかけると、大男は武器から手を離し、女も刀を千晴さんに投げ返した。
「決まっている、悪魔を狩りにだ」
大男の言葉に千晴さんたちは再び臨戦態勢になるが、二人は意に介してもいない様子で、王狼さんだけを見ていた。その視線に縫い付けられてしまったかのように、王狼さんの体は硬直しているように見えた。
「お、お聞きください兄様! 私含めここに居る者たちは――」
王狼さんは精一杯声を張り上げたけれど、一瞬で音もなく近づいてきた女に唇を指で軽く押さえられただけでその言葉は縮こまり、喉の奥へと消えてしまった。女はまた梟のように首を傾けると、そっと王狼さんの口から指を離した。
「貴女はこの国で悪魔を狩り続けてきたそうね~。悪魔に憑かれた貴女はいけない子だと思っていたけれど~その功績は認めざるを得ないわ~」
「ミナ姉様……!」
「高貴な血に感謝することだ。悪魔憑きと言えど悪魔を狩るというのならば我らは同胞……また共に悪魔を狩り、民草を守る使命を果たせ」
「そ、それでは――」
「我らの前でその資格があると示せ。そのために――ここに居る悪魔を全員殺せ」
僅かに緩んだ王狼さんの顔が、また蒼く染まった。
「魔屍画と呼ばれていた場所で明日まで待つ。明日の正午までに来なければ……お前も薄汚い悪魔と見做す」
「お待ち下さい! 私の話を――!!」
大男は王狼さんの話も聞かず「明日の正午までだ」と言い残し、当たり前のように扉を開け、女と共に出て行ってしまった。ばたんと扉が閉まると同時に、王狼さんは動きを止め、そしてそのまま時が止まってしまったかのようにその場に立ち尽くしていた。