野暮用
テレビの画面が切り替わると、王狼さんは金縛りが梳けたようにハッと目を見開いた。自分の足元にコップの破片が散乱している事にようやく気が付いたようで、慌てたようにキッチンに飛び込み、タオルを持って戻って来た。
「すまない、気が動転して……」
「そ、それはいいんですが。急にどうしたんですか。御兄弟なんですか?」
「あ、ああ。そうなんだ…久々に顔を見たから、少し……驚いて……」
久しぶりに家族を見た、という反応ではないことは全員が分かっていたし、王狼さん自身もそうだろう。あの王狼さんがそんなバレバレな嘘で取り繕うということが私たちには衝撃だった。千晴さんが一つ咳払いをして、
「いくら驚いたっても落とすことはねえだろワンちゃん!」
軽口にも王狼さんは「すまない」と答えるだけで、俯いて黙々と床を掃除している。千晴さんなりの気遣いだったのだろうけども、かえって王狼さんの裏の事情を感じ取る形になってしまった。千晴さんは最大にため息を吐き、
「おい、なんかあんなら言えよ?」
「なんでもない、大丈夫だ」
「……私みたいに隠しててもいいことねえぞ」
王狼さんの動きがぴたりと止まった。けれども王狼さんは「ああ」と短く答えるだけで、もう口を閉ざしてしまった。その後も、それとなく話を振ってみてもこちらの求める反応は得られず、「そのうち話すよ」と言い残して逃げるように外に出て行ってしまった。
ふと気が付くと、壁に王狼さんの銃が立てかけてあるのに気が付いた。いつも肌身離さず持っているのに。そう思った矢先、銃が青色の光を放ち、ルルちゃん達が現れた。三人とも大きく伸びをすると周りをきょろきょろと見回した。
「あれ? ルディはどこなの?」
「外に……用事があるみたいで」
「なんで私たちを置いていくのよ!!」
「るでぃ……」
私はぷんすかと怒るルルちゃんたちから視線を外し、千晴さんたちに「ルルちゃんたちに聞いてみますか?」という視線を向けた。皆が小さく頷いたので彼女たちに視線を戻し、
「ねえ、皆。少し聞きたいことがあるんだけど――」
◆
都心の中心に鎮座する巨大な施設。西洋の教会を模したそれは、聖歌隊の本部。日本の首都圏の防衛を一手に引き受ける巨大な建造物の一室に、男と女がいた。白を基調とした応接室に、二人の黒い衣装にはくっきりと浮かび上がっていた。
「お待たせして申し訳ありません」
凛とした声と共に、聖歌隊の白い騎士が深々と頭を下げた。
「私は聖歌隊の実戦部隊の隊長をしております、清澄彩芽と申します」
「あらあら~お世話になります~ミナーヴァって呼んでください~」
「お初にお目にかかる……ヴァルカン、とお呼びください」
名乗り方からすると、本名ではないのか。彩芽は瞬間的にそう思ったが、わざわざ詮索することでもないと、深く聞こうとはしなかった。
「お忙しい中、我が国の視察ばかりか魔屍画の制圧まで、誠にありがとうございました。こちらに向かう道中も船舶の民間人を助けていただいたようで」
「そんな~お礼だなんて~」
「薄汚い魔物は狩る。それだけです」
彩芽は思わずごくりと喉を鳴らした。ヴァルカンと名乗った男はともかくとして、おっとりと話しているはずのミナーヴァという女からも、悪魔に対するただならぬ敵意を感じた。この時代だから仕方がない。という範疇を超えているように彩芽には感じられた。
「組織立って恒常的に民草の平穏を守るあなた方のような存在には頭が下がります」
「そうね~私たちは人数が少ないからどうしてもね~」
自分たちの組織に対して、世辞ではなく最大限の敬意を払ってくれているという事も彩芽は感じていたが、それがかえって不気味であった。
「この悪魔騒動の発端の地、日本の悪魔と対峙できたのは収穫でした」
「そうね~ここのところ悪魔被害が日本に集中しているし~」
「できればもう少し滞在したい。そちらが良ければ、の話ですが」
「もちろんです、聖歌隊の方で滞在許可証は発行しますのでお気の済むまで」
彩芽がそう言うと、黒い衣装の二人は頭を下げてから立ち上がった。
「早速施設の見学や悪魔を狩りたい所ですが、ひとつ野暮用がございまして。少々お日にちをいただきたいのですが、構いませんか」
「ええ、もちろんですが。失礼でなければどういった……?」
「本当に個人的な用事で申し訳ないです~。ただ――」
「――家族に、会いにいくだけで~……」