聖女ゴブリン爆誕②
「作戦成功ーっ!!」
運転席の人が叫ぶと、それに合わせるように後部座席の四人が歓声を挙げた。その真ん中で私は目をぱちくりさせた。状況を飲み込めていない私の周りでローブを脱ぎ捨てられ、その下からはとても『聖歌隊』とは思えない恰好をした女性が現れた。
「え、なにこれ。え?」
「おっと、今自由にしてあげるぜゴブ子ちゃん」
右隣に座っていた人は座席の脇から何かを取り出した。あ、刀だ。そう思った時には私の拘束具は真っ二つに切り裂かれていた。
「でぇっ! 刀! あっぶな!」
「おい、この子まで斬れたらどうする」
「ちょっと斬れてもすぐ治るって」
「気遣いと言うものをしらないのか……大丈夫かい?」
刀の人と反対に座っていた人が、すっと私を抱き寄せる。あ、なんか爽やかな良い匂い。なんて思って見上げると、短髪の美女と目が合い、ふっと優しく微笑みかけられた。やだ、この人顔がいい……。
などと能天気な事を考えている私の視界の先に、信じられない文字が飛び込んできた。窓の外、小さなビルとビルの間に『危険区』の文字が刻まれた赤い看板が見えたからだ。この先には恐らく、というか確実に『悪魔』が居る。
「ちょっと! 赤看板! こっから先は危険区ですよ!!」
「あはは~☆ ここが近道なんだよね~」
「近道ってちょっと!!」
「……寄らば大樹の陰」
「何言って……」
封印しきれない悪魔を縛り付けた場所が『危険区』だ。軍隊でだって殺しきれない残虐な悪魔がうじゃうじゃと居る。危険区はそんな場所なのに、まるでちょっとした繁華街の路地裏に入るかのようなノリだ。
「悪いねお嬢さん、あんまりもたもたしてらんないでね」
運転席から白衣を着た人が顔を出し、にっと笑った。
「だからってこんなとこ通ったら死にますよってああああ!! 前、前!!」
フロントガラスの向こうに、小さな悪魔が何匹も待ち構えているのが見えた。今の私にコウモリの翼をつけたような小さな醜い悪魔だ。……うん、本当に今の私あんな感じなんだろうな。自分で言ってて悲しくなってきた。
「避けて逃げてかわしてええええ!!」
「ハハハ!! どかねえとひき殺すぞオラぁ!!」
私の叫びは無視され、白衣の人はスピードを緩めるどころか、楽しそうに叫ぶとエンジンを唸らせ一気に加速した。身構えてなかった私は座席に思い切り体をぶつけ、「ヴェッ」っとゴブリンらしい珍妙な呻き声を出してしまった。
こちらに気が付いた小型の悪魔が飛びかかって来るが、躊躇なくスピードにのった鉄の塊を止める事はできずに、ドンッと鈍い音と共に血しぶきを上げて吹き飛ばされる。何匹もの悪魔を跳ね飛ばし、車が悪魔の血で染まっていく。
「うわ、はねた…うわあ……」
フロントガラスについた悪魔のどす黒い血痕が、当たり前のようにワイパーで拭き取られていく。他の四人は全く動じてないから、この人たちにとっては普通の事なんだろう。でも私にとっては全然普通じゃない。
一応人の形をした生き物を景気よくボンボン撥ねていく車の中でなんて、平静でいられるわけがない。緊張と恐怖で強張った喉から「ひぃ」とか「うぇっ」とか悲鳴が出てしまう。
「おおっとぉ!!」
白衣の人の声と共に、今度は急ブレーキがかけられた。私は前方に吹っ飛びそうになったが、その前に両脇に居た二人が体を抑えてくれた。優しい、ありがとうございます。
「お姫様たち、出番だぞ」
「え、なに……って、でっかぁ!!」
路地裏からでてきた悪魔は三階建てのビルよりも大きかった。それも一体ではなく何体も。毛むくじゃらの巨人、巨大な獣、どろどろよくわからない物体、骨だか肉だか分からない塊。いずれにしても話が通じる相手には見えない。やばい、漏らしそう。本当に怖い時って漏らしそうになるんだね。
私はそんな状況なのに、車内の四人は何でもないようにドアを開けて外に出て行く。
「ちょっ、早く逃げ……!」
「あ、そうだ」
白衣の人はバタバタと運転席から無理やり後部座席に来ると、手にしたナイフでピピっと私の腕を四か所傷つけた。ピピっとじゃないよめっちゃ痛いんですが。血出てきたんですが。
「痛っだぁ! 何すんですか!!」
「お前が本物か確かめるのさ」
「本物!? なんの…ってそれよりも早く逃げ……」
気が付くと外に出ていた四人がこちらを振り返っていた。彼女たちは私に腕を掴むと、四つの傷痕にそれぞれ顔を近づけ、私の血をべろりと舐めとった。
「ひぁ……っ!」
熱く柔らかな舌が腕を這う感触に、私は艶っぽい声を挙げてしまった。いや、艶っぽいって言ってもしゃがれたゴブリン声ですけどね。見た目もゴブリンだしね、ちくしょう。
感じるゴブリンを尻目に、彼女たちは巨大な悪魔に向けて歩いていく。「危ない」そう言って止めようと手を伸ばす私を遮るように、白衣の人が私の目の前に顔を出す。
「お前が悪魔付きだって? とんでもない、お前は聖女さ」
「せ、聖女……?」
「そうとも、その証拠に――ほれ」
白衣の人が顔をどけると、悪魔に向けて歩いていく彼女たちの姿が変わっていくのが分かった。ぞわぞわと髪が波打ち、体が不自然に震えているようにも見える。
「言ってなかったが、奴らは悪魔憑きだ」
「え…でも普通に喋れて……」
「そう、悪魔付きの中でも特別。理性を保ったまま悪魔の力を手にした連中だ」
「悪魔の、力……」
「そんな奴らが聖女の血を舐めとり、飲み込み、腹ん中に入れちまうなんて……最高の冒涜だろう? そして、聖女の血を冒涜した悪魔はどうなると思う?」
「……?」
「――覚醒するのさ」
白衣の人の言葉に合わせるかのように、彼女たちの体から角、耳、尻尾が生え、体色が変わり、腹が裂けて牙が伸びる。疑いようもなく、彼女たちは悪魔だった。
それからはもう地獄。巨大な悪魔たちがぶった切られ、撃ち抜かれ、溶かされ潰され切り裂かれ……廃墟となったビルが、赤やら緑やら青やらの悪魔の体液と肉塊で染め上げられる。巨大な悪魔たちが気の毒になるほどの残虐ファイト。
「あ、わ……」
私に向けて、何かが飛んできた。丸くて白いそれを、ボールか何かだと思って反射的にキャッチした。
手にぬるりとした感触。
「――――ッ」
それが巨大な目玉だと分かった瞬間、私は気を失った。