柘榴、ぽたり【完】
この作品には登場人物の自殺描写があります。
15歳未満の閲覧はご遠慮ください。
また、当作品には作中の行為を推奨する意図はございません。
詳細はネタバレになるので伏せますが、この作品は実験的に書いたものになります。
よって展開の矛盾や、混乱を招く表現を含む作品になりますがご了承ください。
夏休みが終わり、新学期になった。季節は秋だが、まだ夏の残骸はあちこちに散りばめられている。朝の涼しい風、生を叫び続ける蝉の声、刺すような昼の日差し、高い空に浮かぶ鱗雲、夕方のヒグラシ、少し肌寒い夜の風――全ての時間において、夏と秋が混在している、そんな九月一日の事だった。
とある高校の屋上へと続く階段を、二人の少女が上っていた。一人はショートヘアで、髪は日に焼けて傷み茶色く変色していた。白いシャツを肘まで捲り上げ、紺色のスカートを限界まで折り上げ、健康的な色をした肌を見せている。もう一人は彼女とは対照的で、高く括り上げた黒真珠のような艶やかな長髪と、半袖のシャツと膝下まであるスカートから除く白い絹のような肌が特徴的だ。二人に共通しているのは、肩に掛かったテニスラケットのみだった。
屋上へ続く階段は、湿っていて生温く、少し息が詰まるようだった。二人とも時折息を切らせながら、肌に張り付く髪の毛を掻き上げたり、手で仰いだりしながら上る。ようやくドアの前に着き、ドアノブに手をかける。古びて立て付けの悪くなったドアは、開けるのに少しコツがいる。ノブを限界まで回し、体重をかけるようにして押さないと開かない。先頭にいたショートヘアの少女は息を整え、全体重をドアにかけた。
ドアを開けた瞬間、心地よい風が一気に吹き抜ける。空の水色と眩しい太陽の光が視界いっぱいに広がり、二人は思わず目を細めた。
「はー、気持ちいー」
「ほんとー」
「早くアイス食べよ。溶けちゃう」
「だいじょぶかなぁ、私ソフトクリーム買ったんだけど」
「溶けたらヤバいのは私もだよ」
「でもそっちはまだ容器の中でジュースになるだけだからマシでしょ。こっちなんかコーンはふやけるし、アイスの部分は溶けたらどうしようもなくなっちゃうんだからね」
「それはチョイスした自分が悪い。うわっセミ死んでるじゃん」
「げっ、ほんとだー」
屋上を歩く二人の足元には1匹のセミが腹を見せて横たわっていた。
「こいつ、七日間頑張ったんだなぁ……」
「私らはこれから、まーた頑張んないといけないよ」
「はぁ……やだなぁ受験。頑張りたくないよぉ~」
二人は日陰に腰を下ろす。すぐさま袋を開け、アイスを食べ始める。
「セーーーフ!」
「何それ、ザクロ……ソフト? 美味しいの?」
「美味しいよ、きっと」
「きっとでよく買えるねそんなの」
「まあ、美味しくなくてもザクロは美容に良いっていうし我慢して食べるよ」
「ふーん」
「そっちはいつもの? よく飽きないね」
「一口サイズで色んな味が楽しめるから飽きませんー。さーて、今回は何から食べよっかなー」
そう言いながら、袋の開け口からアイスを少し出しては戻し、また少し出しては戻しを繰り返し、最初の一口を吟味している。少しだけ出すはずだったその中の一つが、力加減を誤ったせいで勢いよく飛び出した。コンクリートの上に転がり落ちたそれは、太陽の光が当たり早くも溶け始めていた。溶けかけのアイスは、まるでアメジストのように深い色で輝きを放っていた。
「早く食べないからそうなっちゃうんだよ」
「よりによって一番好きな味が……」
「ま、落ちたアイスの事は忘れて残りのアイス食べたら? 溶けたらそれも食べれなくなっちゃうよ?」
仕方なく、残ったアイスを口に運ぶ。少し、いつもより冷たさが口の中に刺さる気がした。
「そういえば、彼氏できたんだって?」
「まあ、ね」
「酷いなぁ、言ってくれればよかったのに」
「別に言うほどの事でもないでしょ?」
「言うほどだよ! ねね、仲良くやってんの? いつから? どっちから告った? デートは?」
「ほらーーー、そうやってすぐ質問攻めするじゃんー」
「私らの仲だから良いじゃんよー」
「……まあ、こんなだけど可愛いって言ってくれるし? 好きでしてるわけじゃないけどこの髪型似合ってるって言ってくれるし? 次の大会は応援に来てくれるし? 手料理食べて『めっちゃ美味しい!』って褒めてくれたし?」
「おうおう出ましたな惚気ながら煽る高等テクニック~! 相当相手の事好きなんだねぇ。どれくらい好き?」
「めちゃくちゃ大好き」
「フゥーー!言いますねー!」
「バカッ! 恥ずかしいじゃんか!」
「色々言い出したのはそっちです~」
至って普通の、いつもと変わらない二人のやり取り。二人きりの屋上で、他愛のない話をする。二人の笑い声が空に響く。
そういえば、と落としたアイスに視線を戻す。そこにはもうアイスの形はなく、濡れて黒くなったコンクリートがあるだけだった。
「もうない」
「ほんとだ。すっかり忘れてた」
「……私らもさ、いつかこんな風に忘れられて、ふと思い出した頃にはもう姿形はありませんでしたーって事になっちゃうのかな」
「急にどうした?」
「秋ってほら、なんか、こう、つい寂しくなっちゃう事考えちゃうじゃん? それだよそれそれ」
「そう……」
お互いが次の会話をどうするか考えている。しかし、何をどう切り出せばいいのかが分からないまま、ぎこちない空気が流れる。
「……私なら、忘れられないよう何か印象に残る事するかなぁ」
「例えば?」
「例えば、ってすぐは思いつかないけど……。思い出の品とかそういうの?」
「なるほどねぇ……タイムカプセルでも埋めてみる?」
「埋めたいものないんだけど」
「ベタに手紙でよくね」
「なーーんも思い付かないわ。パスで」
「えー」
そうこう話をしているうちに、濡れたコンクリートは乾ききっていた。食べかけのアイスを手に持ち、屋上の端へと歩いていく。屋上の縁に立ち、平均台の上を歩くようにゆっくり進む。
「危ないよー」
「へーきへーき!」
「……印象に残る、か……」
小さな声で呟く。離れているからもちろん聞こえていない。視界がぼやける理由もこの距離なら分からない。それで良かった。
立ち上がりアイスを頬張りながら近づいて来る。二人の間を通り抜ける風が、さらり、と二人の肌を撫でる。
「あのさー!」
「何ー!?」
「私の事、忘れないでねー!」
「は? 何の事?」
「――彼氏とお幸せに」
静かに、空を見上げながら落ちていく。
「待ッ――!」
伸ばした手は、ほんの僅かに届かず、虚しく空を切った。その刹那、もう少し早く来ていれば手が届いたのに、と激しく後悔した。
青空が綺麗だ。最期に零れた涙に気付いてくれただろうか。分からない。けどこれで、忘れられる事はないだろう。悲痛な声が空に響いている。
べちゃり。
ザクロ味のソフトクリームが、コンクリートの上に落ちて、ゆっくり、静かに溶けていく。
始めまして。九鳥と申します。今回は過去に書き上げた拙作を掲載させていただきました。以後も数作ほど過去のものを掲載しようと考えています。
こういう事を作者自身が書くのも言い訳がましくなるのですが、某文豪の答えのない作品に影響を受けたのがきっかけです。登場人物の名前をあえて出さないまま最後まで書いてみたらどうなるのかという好奇心、「夏休み明けの学生自殺率が増える」という統計があったなぁというふんわりとした知識、これに全ての生命が活き活きとした季節に感じる虚しさを混ぜるとどうなるか。その結果生まれたのがこの作品です。
書いていて自分でも訳が分からなくなることが多々ありました(笑)
どうなんですかね実際。他者から見たら意味の分からない文字の羅列にしか見られないかもしれない。それか奇跡が起きて良いと思っていただけるかもしれない。どっちなのか分からなくて、しかも大手の投稿サイトでの公開。これを書いている今ものすごくビクビクしています。
次回はいつになるか分かりませんが、また短編を掲載しようと思います。いつか長編が書ける力を身に付けたいですね。それではまた。