7.次の部屋発見(三崎重蔵 視点)
家族みんなを送り出した後、奈菜さんがわしに提案してくる。
「昨日のようにダンジョンから出てきたところで、加奈さんと鉢合わせてもいけません。ですから、今日は午前中からダンジョンに潜ることにしませんか」
「そうじゃのう、昨日のことはわしも少し肝が冷えたわい。加奈は気にしとらんようだったからよかったものの、あれが美奈だったら大騒ぎになっていたところじゃ」
そう言ってわしは眉根を寄せる。
「それじゃあ、今日は昨日より遠くまで出かけてみることにしましょうか」
「うむ、モンスターの間引きと言っても、どの程度減らせばよいのか分からないから、今のうちにできるだけ数を稼いでおいた方がいいかもしれんしのう」
「そういえば門をくぐった後、クローゼットの扉を閉めることはできるのかしら?」
「試してみるか」
そう言って安全靴に履き替えようとするが、その前に菜奈さんに止められる。
「あなた、下にこれを敷いておかないと」
そう言って菜奈さんはクローゼットの前に古新聞を広げる。
「おう、すまんすまん。また、加奈に叱られるところじゃったわい」
わしはそう言って菜奈さんに謝った後、新聞紙の上で靴を履いた。
「それじゃあ、クローゼットの扉を閉めることができるかどうか試してみるから、そこで見ていてくれ」
「分かりましたわ。けれど無理はしないようにしてください。ダンジョンなんて訳が分からないものですから、何が起こっても不思議はないんですから」
心配そうに気遣う菜奈さんに手を振って、わしはダンジョンの中に入っていった。
相変わらず門の向こうは、地平線まで続く大草原になっている。
後ろを振り向くと草原には不釣り合いな黒い鳥居がポツリと立っていた。
鳥居の中からは、だまし絵のような不思議な構図でクローゼットの扉が見えた。扉を閉めようとしてわしは問題に気づいてしまった。
「しまった。内側には扉には手を掛ける場所がないではないか。これでは、半開きが精一杯じゃな」
仕方なしにわしは、一方の扉だけでも閉められないか試してみることにした。
高さ10メートルあまりの鳥居から見えるクローゼットの扉は、やはり同じくらいの大きさに見える。
しかし手を伸ばして触れてみると扉の大きさは1メートル程度に感じられる。
視覚とその他の感覚が一致せず目眩がしそうになるが、それを我慢して扉を引くと比較的簡単に扉を閉めることができた。
身構えていた分気が抜けそうになるのをこらえて、今度は閉めた扉を開いてみる。
開ける方も特に問題はなさそうだと判断して、一端加奈の部屋に戻ることにする。
鳥居をくぐって部屋に戻ると、土足を部屋の床につけないよう、慎重に古新聞の上に足を下ろす。
その後、奈菜さんに外からどう見えたか、確認を取ってみた。
「菜奈さんや、クローゼットの片方の扉を閉めてから再度開けてみたが外からはどう見えた?」
「同じですよ。あなたが、扉を閉めた後、開けたように見えました」
「ならば、ダンジョンの内側からでも扉を操作できるということか。ただなあ、両方の扉を閉めるにはクローゼットの内側にドアノブをつける必要があるぞ」
「あらあら、それは考えていませんでした。また今度ホームセンターでノブを買ってきましょう」
「とりあえず今日は半開きの状態で探索を行うことにするか」
「そうですね、そうしましょう」
わしと菜奈さんは、二人で相談した結果、片方の扉だけを閉めた状態で草原の調査に乗り出す。
草原を歩いている途中で何度か例のウサギに出会うが、特に苦労もなく倒してゆく。
どちらかと言うと、ウサギを倒すよりも血抜きの方に時間を取られている感じじゃった。
「菜奈さん、これ以上ウサギが増えたら食べきれんのではないか」
「そうですね。ご近所にお裾分けしようにもウサギを捌ける方は少ないでしょうから、かえって迷惑かも知れませんしねえ。もったいないけれど、捨てて行くしかないんでしょう」
「うちで捌いて分けるわけにはいかんのか?」
「きちんと熟成させていない硬いお肉をお裾分けするのも失礼じゃないかしら。かといって、熟成させるための冷蔵庫の空きも足りませんし」
「そういうものか」
そんなことを話しながら草原を歩いていくと、突然壁にぶつかった。
「あ痛たたた」
わしは、思い切り鼻をぶつけ痛みのあまりうずくまる。
「あなた、大丈夫ですか」
菜奈さんが慌ててわしの方に走ってこようとするのを手でとどめて、わしは何とか声を出す。
「わしは大丈夫じゃ。それよりも見えない壁があるから走ると危険じゃ」
その言葉を聞いて菜奈さんは、手にしていたゲートボールのハンマーで、足元を確かめながらわしの方に近づいてきた。
ハンマーの感触から壁の存在を確認した菜奈さんが、恐る恐る壁に触れながら呟く。
「確かにここに壁があるみたいですが、触らなければ全く分かりませんね」
「酷い罠もあったもんじゃ。これなら、見せかけだけの広々とした草原よりも、むき出しの岩壁の方がはるかにましじゃ」
菜奈さんも困った顔で呟く。
「これでは、マッピングも困難そうですね」
「ともかく、壁に沿って移動してみよう」
壁に左手をつき、前方をスコップで確認しながら時計回りに探索を続ける。
100メートルほど進んだところで扉を発見した。
その扉は見かけ上は何もないところに立っているように見えたが、よく周囲を調べてみると壁に沿って設置されていることが分かった。高さは3メートルほどで、ダンジョンの入り口の鳥居のように周囲の遠近感を狂わせている様子もない。
菜奈さんは慎重にその扉を調べた後、わしに告げた。
「どうやら次の部屋に続く扉のようですね。特に音は聞こえませんが、何があるか分かりませんから、慎重に進みましょう」
「うむ、わしが先に入るから後ろに続いてくれ」
そう言って、わしは扉に手を掛ける。
半開きになった扉から中を覗き込むと、そこは湿原のようになっていた。
幸い、今はいている安全靴は長靴タイプのもので水が入らないようにできている。
水はせいぜい数センチの深さで足を取られる心配はなさそうだった。
そうは言っても、もしかしたら急に深くなっている所があるかも知れない。
わしらはゆっくりと慎重に湿原を進んで行った。