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5.ダンジョン探索後

 学校でみんなと話したことで、私の部屋にダンジョンが現れたショックも少しは和らいだみたい。

 それにしても、音子ちゃんがダンジョンマニアだったなんて可笑しかった。

 いつもは冷静な音子ちゃんが、あんなに興奮するのを見るのは初めてだった。

 そんなことを考えながら、いつものように商店街を抜けて、自宅にたどり着く。


「ただいまー」

 玄関であいさつをする。

 あれ、いつもならお祖母ちゃんかお祖父ちゃんが直ぐに「おかえり」とあいさつを返してくれるのに、今日はそれが無い。


 鍵は掛かってなかったから、出かけているのではないと思うけどどうしたんだろう。

 リビングやキッチンも覗いてみたけれども、二人はどこにもいなかった。


 自分の部屋にたどり着いて中に入ると、クローゼットの扉が開いたままで、部屋の中に大きな鳥居が鎮座していた。

 ああそうか、二人ともまだダンジョンに潜っているんだなと思いながら、制服を着替えることにする。


 もっとも、クローゼットの中に入っていた着替えるべき私服は、ダンジョンと入れ替えにどこかに行ってしまっているから困る。

 ダンジョンの入り口の周辺に落ちていないかなと思って、鳥居の周囲を探して見たけれどどこにも見当たらなかった。


 仕方なしに、中学時代のジャージを箪笥(たんす)から取り出してきてそれに着替えようとする。

 制服を脱いで下着姿になった時に、鳥居の方からブンという音がして中からお祖父ちゃんが出てきた。


 お祖父ちゃんは、私の方を見て「すまん」といって後ろを向くけれども、その前に私は気づいてしまった。

「あー! お祖父ちゃん土足のまま私の部屋に入ってる」

 お祖父ちゃんは、「そっちかい」と呟いた後、後ろ向きのまま慌てて靴を脱いだ。


 また、ブンという音がしたので鳥居の方を見ると、お祖母ちゃんが出てくるところだった。

「お祖母ちゃん、お疲れ様。土足は脱いでね」

「加奈さん、お帰りなさい。でも、下着姿ははしたないですよ」

「はーい」

 そう答えると、私はもそもそとジャージを着込むのでした。


「あら、今日はお洒落はしないんですか? そういうラフな格好は珍しいですね」

「お洒落も何も、私の私服はダンジョンと入れ替わりで行方不明だよ」

「あらあら、それじゃあ週末は服を買いに行かなければなりませんね」


 お祖母ちゃんが靴を手に部屋を出て行こうとする。

「あなた、お茶を入れますからリビングの方に移動しましょう」

「あ、私も飲みたい」

「じゃあみんなでリビングに移動しましょう」


「冷蔵庫にものを仕舞ってきますから、少し待っていてくださいね」

 お婆ちゃんはそう言ってキッチンの方に消えてゆく。冷蔵庫に仕舞うようなものって何だろうと少し気になったけれど、後で聞けばいいやと思って黙って見送る。

 お祖父ちゃんは二人分の靴やスコップなんかを玄関に持って行った。


 お祖父ちゃんが先に戻ってきたけれど、何となくお祖母ちゃんのいないところでダンジョンの話をするのは気が咎めて、当たり障りのないことを二人で話していた。


 暫くたってお祖母ちゃんがお茶を入れて戻ってくると、早速ダンジョンのことを話題に乗せた。

「二人ともお疲れ様。それで初めてのダンジョンはどうだった? 危ないことはなかった?」

「おう、危険なことは特になかったぞ。加奈も知っとるウサギを4匹ばかり狩ってきた」

「あのウサギかあ。ダンジョンの中でも強くなかったの?」


「体当たりを何度も仕掛けてきたが、ぬいぐるみを強めにぶつける程度の衝撃でどうと言うこともなかったな」

「少し強めに殴れば、簡単に死んでしまいましたからねえ。あれなら、普通のウサギの方がずっと強いですよ」


「うむ、油断は大敵じゃが、あれならシカやイノシシなど普通の害獣退治の方がはるかに危険じゃな」

「うーん、そうするとあのダンジョンを造った人は何がしたかったんだろう? 本当にテーマパークなのかな」

「今のところテーマパークと大して変わらんのう」


 お茶を飲み終えたお祖母ちゃんが立ち上がる。

「さて、私は着替えてから夕飯の支度に取り掛かりますかね」

「お祖母ちゃん、それなら私も手伝うよ」

「おや、それではお願いしましょうかね」


 着替えが終わったお祖母ちゃんが冷蔵庫から、30センチほどの新聞紙に包まれた何かを取り出してくる。

「お祖母ちゃん、今日の夕飯はお魚なの?」

「いいえ、違いますよ。新鮮なウサギが手に入ったのでシチューにしようかと思っています」

 それを聞いて私は少しうろたえる。

「……ウサギってもしかして」


「ええ、ダンジョンで捕まえたものですよ。ネットの情報によると、普通のウサギ同様に食べられるそうですよ」

「そうなんだ……」


 そんな私の様子を見て、お祖母ちゃんはからかうように尋ねてくる。

「おや、加奈さんはウサギの肉は嫌いでしたかね。私はイギリスに留学していた若いころ、よく食べたものですが」

「嫌いも何も、ウサギを食べるのは初めてだよ」


「そうですか。でも、殺した生き物を食べてあげるのは、その動物に敬意を示すことにもなりますからね。まあ、さすがに毒のある生き物まで食べろとは言いませんけれどもね」


 その言葉を聞いて、私は気を取り直す。これでも、小さいころから伊達にお祖母ちゃんの手伝いで料理をしてきたわけでは無いのだ。

「そういえばそうだね。よし、頑張って料理しますか」


「では、最初に私が(さば)いて見せますから、2匹目は加奈さんがやってみますか?」

「自信はないけど、挑戦してみようかな」

「こうやって、内臓を傷つけないように腹を開いてから、胃や腸と肺などを取り除くんですよ」


 そう言いながら、肛門のあたりから包丁を差し込むと、器用に腹を切り開く。その次に切れ目から手を差し込み、内臓を一気に取り出す。

 内臓の中から、肝を取り分け、それをあらかじめ準備しておいたボウルに入れる。

「肝は別に取り出しておいて、後で使いましょう」


 取り出した内臓を覗いていた私は違和感を感じる。

「あれ、お祖母ちゃん、このウサギ、心臓が2つあるみたい」

「あらあら、ダンジョンの生き物だから普通のウサギとは違うのかしら」

 さすがのお祖母ちゃんも心臓が2つもあるのは予想外だった見たい。


 私が心臓を切り開くと、二つあるうちの一方から5ミリ角ほどの奇麗な赤い小石が出てきた。

「お祖母ちゃん、心臓からこんな石が出てきたんだけど……」

「どれどれ、あら奇麗な石ね。モンスターの体の中から石が出てくるなんて、まるで魔石のようだわ」


「魔石て何なの?」

「加奈はゲームはあまりやらないのかしら。ゲームの中だと魔法の材料とかになってお金に換えることもできる石よ」


「じゃあこれ売れるのかな?」

「ゲームの中と違って買い取り屋さんがいないから無理じゃないかしら。でも何かの役に立つかもしれないから保管しておきましょう」

「うん、分かった」

 私はそう答えて、小石を洗ってから蓋つきのガラス瓶の中に保存した。


 小石のことで話が逸れたけれど、その間もお祖母ちゃんは作業を止めずに続けていた。

 お祖母ちゃんは、器用にウサギの皮を剥ぎながら、私に作業の手順を教えてくれる。

「最後は、皮を剥いでから頭を落として、ブロックごとにぶつ切りにするのよ。この時、腱や血管、膜なんかは味が落ちるから取り除くようにしてね」


 下ごしらえをしたウサギ肉は肝と一緒に、油を敷いた鍋で軽く焦げ目をつけてから取り出す。

 次につぶしニンニク、ベーコン、玉ねぎ、セロリを炒める。

 肉を戻してから、赤ワイン少量とチキン・コンソメ、ハーブと煮込む。

 途中で、ハーブを取り出し、具材用のニンジンを加えてさらに煮込む。

 最後は、シチューの元を加えて出来上がり。


 料理をしている間に、お姉ちゃんやお父さんとお母さんも帰ってきた。

 みんなのいるリビングに、シチューの入ったお鍋を持っていくと、お祖母ちゃんが言った。

「今日は、変わったお肉が手に入ったので、それを使ってシチューを作ってみました」


「変わったお肉って何?」

「何でしょうね。それは食べてのお楽しみと言うことで」

 お姉ちゃんの質問に、お祖母ちゃんはいたずらっぽく微笑むと答えをはぐらかした。

 私とお祖父ちゃんは答えを知っているけれど、知らないふりをする。


「ふうん、まあいいや。私お腹がぺこぺこなの。早く食べましょう」

 お姉ちゃんは、そう言ってお鍋から自分の分のシチューを取り分ける。

 全員が自分の分のシチューを取り分けたところで、私たちは「いただきます」と言って夕食を食べ始めた。

「うん、なかなか美味しくできてるね、お祖母ちゃん」

 私やみんなは十分に美味しいと思ったのだけれど、お祖母ちゃんは少し不満そう。

「やはり、お肉の熟成が足りませんね。時間をかけて煮込んでも芯に硬さが残っています」


「それで、これは何の肉なの? 何かの鶏だと思うんだけれど」

 お姉ちゃんは、このお肉が何の肉なのかがまだ気になっているようだ。

「残念、鶏肉じゃありませんよ」

「じゃあ何? まさかトカゲとかのゲテモノの(たぐい)じゃないでしょうね」


 それに対してお祖母ちゃんが正解を告げる。

「ゲテモノじゃあありませんよ。これはウサギの肉です」

「ウサギかあ。ウサギも大概ゲテモノだと思うけどな」


「そんなことはありませんよ。私がイギリスに留学していたころは普通に店で売られていましたよ」

「ここは日本だっての。でもよく日本でウサギの肉が手に入ったわね」

「幸い、新鮮なお肉が手に入る狩場が近くにできましたからね」

「狩場ができたって、そんなに簡単にできるものじゃないでしょう。一体どこまで狩りにいっていたのよ」


「加奈さんのお部屋ですよ」

「加奈の部屋って……まさがダンジョン⁉」


 ん。何かお姉ちゃんの顔色が青いけれどどうしたのかな。

「何てものを食べさせているのよ。あんな訳の分からない所で取れたものなんて危険でしょう」

「ネットの情報では普通に食べれるそうですよ。実際あなたも美味しいと言っていたじゃないですか」


「美味しくても毒があったらどうするのよ。私はもう絶対にダンジョンの物は食べないからね」

「そこまで嫌うようだと無理に食べさせるわけにもいきませんし、仕方ありませんね」

 お祖母ちゃんはため息をつきながら、お姉ちゃんにこれ以上ウサギを食べさせるのは諦めたみたい。


「おや、『経験値が入った』とかメッセージが流れてきたけど、どういうことかな」

 お父さんが突然そんなことを言い出した。同じメッセージはお母さんとお姉ちゃんにも聞こえたみたいで(うなづ)いている。

 お祖母ちゃんが、「ステータスオープン」と呟いて、ステータスボードを出現させる。そして、自分のステータスを確認していから告げる。

「どうやら、モンスターのお肉を食べると微量ですが経験値が手に入るみたいですね」

 お姉ちゃんが頭を抱えて(うめ)く。

「ステータスなんて変なものが見えるようになって、体に悪影響があったらどうするのよ」

 それに対して私が答える。

「大丈夫だよ。私もステータスが出るようになって一日が経ったけれど、体におかしなところはないから」

「私は加奈とは違って繊細なのよ」

 お祖母ちゃんも安心させるように、お姉ちゃんに答える。

「私も昼間の狩りでステータスが出るようになりましたけれど、体調はむしろいいくらいですよ。あまり、気にしすぎる方が体には良くないですよ」

「はあ、もうなってしまったものは仕方が無いと諦めるしかないか……」

 お姉ちゃんはため息をつきながらも、この件は忘れることにしたみたい。


 ウサギとステータスの話題がひと段落したところで、私はお母さんに洋服のことを相談することにした。

「あ、そうだお母さん。週末にお洋服を買いに行きたいんだけど良い? ダンジョンがクローゼットの中にできたせいで、春物の私服がすべて行方不明になっちゃったの」


「ああ、それでジャージを着ていたのね。出費は痛いけれど、そういうことなら仕方ないわね。でも、買い物に行くときのお洋服はどうするの?」


 私も困ってしまい眉を寄せる。

「さすがにジャージで出かけるわけにもいかないしね」

「仕方ないわね。今はもう着ていない服を何着か譲ってあげるわ」

 ダンジョン産ウサギのショックから立ち直ったお姉ちゃんが、そう提案してくれる。

「ありがとう、お姉ちゃん」


 それから、お祖父ちゃんに音子ちゃんとの約束の件について相談する。

「それから、日曜日にクラスの相沢さんがダンジョンを見学に来たいと、言っていたんだけれど大丈夫かな?」


「わしは構わんが、大したことはできんぞ」

「ダンジョンそのもの興味があるみたいだから問題ないんじゃないかな。何かダンジョンマニアみたい」


 お祖父ちゃんは少し考えた後可笑しそうに答えた。

「それなら、うちの婆さんと気が合うかもしれんの。こいつもこう見えて結構なマニアだからの」

「嫌ですよ。私の知識はゲームの物がほとんどで、実物のダンジョンについてはそれほど詳しいわけではありません」


「それでも、ネットで色々調べている分、わしよりは詳しいだろう。それに、実物のダンジョンに詳しい人間など、調査が始まったばかりの今ではまだどこにもおらんじゃろう」

「まあ、それはそうかも知れませんね」


「へえ、お祖母ちゃんもダンジョンマニアだったんだ」

「ダンジョンマニアというよりは、ゲームマニアの方が近いかもしれませんね。その相沢さんが来たら少し話してみましょうか」

「うん、相沢さんも喜ぶと思うよ。よろしくね、お祖母ちゃん」


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