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4.初めての探索(三崎重蔵 視点)

●三崎重蔵 視点


 みんなが出かけた後、わしと菜奈さんは近くのホームセンターにやってきていた。


 そう、わしは妻のことを二人きりの時は今でも美奈さんと呼んでおる。さすがに人前では照れくさくて、うちの婆さんなどと言ってしまうことがほとんどだが。


 菜奈さんの言うには、「まずは武器屋によって装備を整えるのがゲームのセオリー」だそうだ。

 ホームセンターは武器屋ではないのだが、まあ、ダンジョンのモンスターとやらは弱いらしいからここで十分だろう。


 普段からこの手のゲームをやっている菜奈さんほどではないにしろ、わしも探検や冒険という言葉には胸躍るものがある。

 実際には、害獣退治に近いものであるらしいが、未知の場所に行くことには変わりない。準備を整えておくに越したことはなかろう。


 わしと菜奈さんはカートを押しながら売り場を見て回ることにした。

「そういえば、奈菜さんと二人で買い物に行くのも久しぶりだな。息子夫婦と同居し始めてから、そういう機会がめっきり減っておったの」


「そういえばそうですね。どうしても息子夫婦にまかせるか、あるいは、息子夫婦と一緒の機会が多くなりますから、あなたと二人きりという機会は案外少なかったですね。でも、あなたも先月で会社を定年退職になりましたから、こういう機会もこれからは増えますよ」


「そうじゃの。そもそも今日からダンジョンに二人で潜る訳だしな」

 何となく二人でしみじみとした雰囲気になりながら、ホームセンターの売り場を移動する。


 長靴タイプの安全靴を見つけた菜奈さんが、それを手に取りわしの意見を尋ねる。

「この安全靴はどうですか? 足元の防御を固めて置いた方がいいんじゃありませんか」

「うむ、それじゃあ二人分を購入するか」

「この歳でペアルックなんて照れますね」

「馬鹿、これは防具、それも足元だけじゃないか」

「あら、それならこちらの作業着はどうですか。これなら、本当のペアルックと言えるでしょう」

「いや、それはそうだが……」


 慌てるわしの様子を美奈さんは可笑しそうに眺めていた。

「冗談ですよ。でも、あなたったら、いつまでたってもこう言うことには慣れませんね」

「仕方なかろう。もう何十年もこんな感じなんじゃ、今さら変われる訳が無かろう」


 菜奈さんはひとしきりわしをからかった後真面目な話に切り替える。

「あなた、武器は何になさいます?」

「加奈の倒したウサギを見る限り、足元の相手を攻撃できる方がいいだろうな。おっ、あそこにある大きなスコップなんかいい感じじゃないか」


 スコップを構えるわしの様子を微笑まし気に眺めながら、菜奈さんが答える。

「あなたはスコップですか。それなら私はゲートボール用のハンマーで足元を狙うとしますかね」

「良いんじゃないか」


「後は、明かりだな。ヘッドライトにカンテラ。それとヘッドライトを装着するためのヘルメットだな」


「荷物を持ち運びするためのリュックもあった方がいいですね」

「そうじゃな」


 一通り思いつく装備を買いそろえたわしらは家路についた。

 帰宅した時間は丁度お昼時のため、奈菜さんが昼食の準備を始める。

 わしは、ネットでダンジョンの情報を探してみたが、特に目新しいものはなかった。


 ネットでの調査がひと段落したところで、奈菜さんが昼食を持ってきた。

「今日のお昼は天ぷらそばにしてみました。出来合いの材料ばかりで申し訳ありませんが、少しでも早くダンジョンに行ってみたくて、手っ取り早く作れるものにしてみました」

 菜奈さんの言葉通り、スーパーマーケットで買った天ぷらに、出来合いのそば、即席のそばつゆで作られたお手軽天ぷらそばが出てきた。


「菜奈さんが、そこまでダンジョンに入れ込むとは思わなんだな」

 わしが、そばをすすりながらそう言うと、菜奈さんは照れくさそうに答えた。


「さっきは、美奈さんに勧められてゲームを始めたと言いましたけど、実はその前からゲームはやっていたんですよ。あなたが会社に行っている空き時間で何年も前からやっていました。それで、ゲームと同じような冒険ができると思うと居ても立ってもいられなくて」


「冒険と言っても、何か報酬が出るわけじゃないらしいぞ」

「こういうのは雰囲気を楽しめればいいんですよ。無料でテーマパークに行けると思えば、安いものじゃないですか」


「まあ、その通りじゃな。わしも退職して暇を持て余していた。丁度いい暇つぶしができたと思えば、報酬などなくとも損をした気にもならん」


 そう言うとわしは残りのそばを一気にかき込んだ。

「それじゃあ、食事が終わったらさっそっくダンジョンに向かうとするか」



 ホームセンターで買い込んだ装備を身に着けて、加奈の部屋までやってきた。

 クローゼットの扉を開けると、朝食前に見たのと同じ遠近法を無視した黒光りする巨大な鳥居が鎮座しておった。

 菜奈さんが、鳥居を見て驚きの声を上げる。

「あらまあ、これがダンジョンの入り口というやつですか。随分自己主張が激しいんですね」

「まあ、あのテレパシーで話しかけてきた相手が、頼まれてもいないに造ったものだ。よほど無視されたくなかったのだろうな」

「あの方は、ボッチとかコミュ障とか言うのですかね」

「ボッチかどうかは分からんが、コミュニケーションに難点があるのは確かだのう」

 早速ヘッドライトとカンテラを点けた菜奈さんが、ダンジョンに入ろうとするのを、わしは慌てて呼び止める。

「これ、何がいるか分からんのじゃ。もう少し慎重に行かんか」

「どの道入ってみないと、中に何がいるのか分からないのですから同じことですよ」

「それでもじゃ。先に入るのは男の仕事と決まっている」

「はあ、仕方ないですね。言い争う時間ももったいないですし、それではお先にどうぞ」

「うむ」

 そう言ってわしは鳥居をくぐる。

 鳥居の向こうに広がっていたのは、広大な草原であった。澄み渡った空に流れる白い雲、ところどころには木が茂っており小さな森になっていた。遠くに見えるのは地平線というやつだろうか。

 山がちな日本では、せいぜい北海道でしか見ることができないような景色に、一瞬わしは我を忘れてしまった。

「あらあら、これはなかなかすごいですね」

 わしを正気に戻したのは、鳥居をくぐって出てくる奈菜さんのそんな声だった。

「うむ、ダンジョンの中に入ったはずが、屋外に出るとは思わなんだ」

 感心するような声でうめいたわしに対して、奈菜さんは冷静であった。

 ポケットから何かを取り出すと私に声を掛けた。

「ちょっと実験をしてみますので、あなたも良く見ていてください」

「それは何じゃ」

「いくつか小石を拾ってきておいたんですよ」

「ちょっと失礼。えい」

 そう声を掛けて、奈菜さんは小石を上に向かって投げ上げた。

 小石は、数メートル上がると天井にぶつかったように跳ね返ってきた。

「何じゃ? 何かに当たったように見えたが……」

「天井ですよ。どうやら、壁や天井に映像を流して広大な敷地に見せかけているようですね」

「何だ、そうなのか」

 わしは手品の種をばらされた様なわびしい気持ちになった。

 いや、実物の景色と変わらぬ映像を流すだけでも、すごい技術だというのは分かっているつもりだが、それにしては手抜きの感がぬぐえない。

 そもそもダンジョンなんてものを造れるなら、実際にこの広大な景色を造っても良かろうと言いたくなる。

 そんなわしの様子に気づいたのか、奈菜さんが声を掛けてくれた。

「まあまあ、あなた驚くようなことは、きっとまだまだありますよ」

「うむ、そうじゃな。ところで、ダンジョンの中に捨てたごみは排出されると言っておらなんだか? 加奈の部屋に小石が転がっておったら危なかろう」

「あら、それは考えてませんでした」

「やれやれ、それじゃあ石を拾ってくるとするか」

 そう言ってわしは小石が落ちた方向に歩き始めた。

 その時、草むらががさがさと音を立て、横合いから何かが飛び出してきた。

 それは、わしにぬいぐるみを強めに投げつけた程度の衝撃で何度もぶつかってきた。

「うお、何じゃこれは?」

「あなた? 大丈夫ですか」

 わしはぶつかってきた相手を受け止めた。それは、加奈が朝抱きしめていたウサギと同じ小動物だった。

 ウサギは、キーキーと鳴いてわしを威嚇してくるが、むしろかわいいだけだった。

 わしは、むしろ怪訝そうに菜奈さんに尋ねる。

「これが、モンスターなのか?」

「加奈さんが倒した後、経験値が入ったと言っていたので、たぶん間違いはないと思いますが……」

 菜奈さんも、予想以上に弱い相手に戸惑っているようだ。

「そうかと言って、これがモンスターなら放置しとくと、ダンジョンからあふれ出すことになる。仕方がないか」

 そう言って、わしは思い切ってウサギの首を絞める。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 ウサギが動かなくなると同時に例のテレパシーの声が聞こえてきた。

『初めての経験値を得ました。ステータスの閲覧が可能になりました』

 菜奈さんが同時に少し驚いたような声で告げる。

「あら、私にも経験値が入ってきましたよ。ダンジョン内では近くにいるとパーティ扱いで経験値が分けられるみたいですね」

「ほう、自動でパーティが組まれるとは便利だのう」


 手の中のウサギを見つめながら呟く。

「経験値が入ったということは、このウサギがモンスターで間違いないようだ。やれやれ、無関係のウサギを殺さずに済んでよかったわい」


 そうは言っても生き物を手にかけた罪悪感はある。さてこのウサギの死体をどうしようかと眺めていると、奈菜さんが言った。

「このウサギはお料理にして食べてあげましょうか」

 わしは少しぎょっとしたが、確かに手にかけた命をただ腐らせるよりはましかと思い直した。

「食べられるのか?」

「ネットの情報ではまずますのお味だそうですよ」


「それなら、血抜きをしとかんとな。と言ってもナイフが無いか……」

「ナイフなら私が持っていますよ」

「準備がいいな」

 いかんな、わしの方が動揺しているばかりで、これでは万一のことがあったときに菜奈さんを守れそうにない。


「汚れるといかんから、わしがやろう」

「それでは、このレインコートを着てお願いしますね」

「うむ」

 血抜きが終わると、菜奈さんは持ってきた新聞紙でくるんだ後、ポリ袋に入れてからリュックに収める。


「慣れたもんじゃな」

 わしが、本気で感心して言うと、奈菜さんが首を振りながら答える。

「大したことはありませんよ。魚を丸ごと一匹買うのと同じことですよ」


 2匹目のウサギが襲ってきたのは、最初のウサギを倒した地点から数十メートル移動した地点だった。こんどは、奈菜さんが自分で相手をしたいというので、任せてみることにした。

 どうやら、ウサギに似てはいても、地球のウサギよりも動きは鈍いようである。

 それが逃げもせずに、自分よりも大きな相手に襲い掛かるのは異様である。モンスターの性質だからと言ってしまえばそれまでだが、もしかしたらダンジョンの創造主に何か操作をされているのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、美奈さんはウサギが地面に降り立ったところをゲートボールのハンマーで叩いて倒してしまった。


『経験値を得ました。レベルアップしました』

 例によって、テレパシーの声が経験値獲得を告げる。

 前回と異なるのは、レベルアップがあったということであろうか。

 再度、レインコートを着て血抜きをしながら、わしらはレベルアップの作業をする。

 実際のところは、詳しい情報をあらかじめ調べていた菜奈さんの指示に、わしが従っていただけだった。


「敏捷だったか。それを上げると滑らかに動けるようになるとのことだが、どうせならばわしの慢性的な腰痛も直してくれたらいいのにのう」

「どうでしょうね。もしかしたら良くなるかもしれませんよ」

 わしの愚痴に、奈菜さんが可笑しそうに答える。


「どうする? もう少しやるか? それとも今日はここで引き上げるか?」

 わしの提案に菜奈さんは少し考えてから答えた。

「そうですね、もう少し続けましょう。ウサギをもう少し狩っておきたいので」


 その答えに疑問を感じたわしは問い直す。

「そんなに狩っても食べきれんのではないか?」

「半分は、冷蔵庫で熟成させて食べ比べてみようかと思っています。数日間、冷蔵庫に保管して死後硬直が解けた後の方が、お肉はおいしくなるという話を聞きましたので」

「なるほどのう。それじゃあもう少し頑張るか」


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