3.ダンジョンと友人
教室に着くと私はぐてっと席に座り込んだ。
朝からいろいろあって気疲れしたのだ。
そんな私の様子に気が付いて、友人の相沢音子ちゃんと渡辺真由美ちゃんが近づいてきた。
音子ちゃんは、黒髪に伊達メガネの女の子、クラスの委員長もやっている。
前に何で伊達メガネを掛けているのって聞いたら、「みんなが、委員長って呼ぶから、そのテンプレに倣ってみたのよ」って言っていた。
実は、音子ちゃんはアニメやゲーム大好きな、いわゆる隠れオタクなのだ。
クラスのみんなには今いち隠しきれていないみたいだけれど、本人曰く「先生にばれなければいいのよ。真面目な委員長と思われていれば内申も上がるしね」だそうだ。
一方の、真由美ちゃんは茶色の髪をツインテールにした小柄な女の子、調理部に所属している。
自分で作ったお菓子を良く分けてもらっている。
ただ、爬虫類好きでトカゲや蛇をペットにしているのは何とかして欲しい。
彼女の部屋に初めて遊びに行った時には、思わず悲鳴を上げちゃったもの。
私は虫は平気だけれど、爬虫類や両生類はどうにも好きになれないのだ。いやまあ、真由美ちゃんのように爬虫類好きの子の方が珍しいとは思うけど。
私の疲れた様子を見て、音子ちゃんが心配そうに話しかけてきた。
「どうしたの? 今日は朝から随分疲れているみたいだけど」
「そうのなのよ。朝からいろいろあって今日は大変だったの。あのね、私の部屋にダンジョンが現れたの」
「え、そう、それは大変ね」
そう言いながら、私の方にぐいぐい身を乗り出す音子ちゃん。
その言葉を言った瞬間、男子たちが黙り込み私の話に耳を澄ます気配がした。
もう、男子ったら、何でダンジョンとか冒険とかの言葉に弱いのかな。
私は本気で困っているのに……。
後、音子ちゃんも何か反応が怪しいんだけれど。
真由美ちゃんが首をかしげながら聞き直す。うん、そういうしぐさもかわいいね。男女問わずファンがいるのもよく分かるよ。
「ダンジョンて言うと、モンスターがあふれ出すとかいうあのダンジョンのこと?」
「そう、それ。それが私のクローゼットの中に現れたの」
「また、おかしなところに現れたわね。それで、クローゼットの中身は無事だったの?」
「へ?」
音子ちゃんの言葉を、私は一瞬理解できず呆然となった。そのあと、言葉の意味が飲み込めると私は思わず叫んでしまった。
「あーっ! 私の春物の私服、全部行方不明だよ!」
音子ちゃんは眉をしかめながら呟く。
「気づいてなかったのね。ご愁傷様」
「おのれダンジョンめ、この恨み晴らさで置くべきか」
「まあまあ、後で私の手作りのお菓子をあげるから元気を出して」
「真由美ちゃーん、君は私の天使だよ」
私は、真由美ちゃんの手を握り、目をウルウルさせる。
音子ちゃんは、私たちの様子を見てあきれたように呟く。
「はいはい、そういう百合百合しいのはいいから」
「それで、ダンジョンができたということは、モンスターの間引きが必要になるんでしょう」
そう言いながらも、音子ちゃんは何か血走った目で私に迫ってくる。
正直怖いんですけど。
「そ、そうらしいね。全く迷惑なことだよ」
「それで、加奈がダンジョンに潜るの?」
「ううん、うちのお祖父ちゃんとお祖母ちゃん。あ、もちろん休日にはお手伝いしてもいいけれど、平日はお祖父ちゃんたちだけかな」
その答えに音子ちゃんは、あからさまにがっかりした様子を見せる。
「そこは、友達を誘ってダンジョンに潜る流れでしょうが……」
音子ちゃんが小声で何かブツブツ言っているけれど、私は聞こえなかったふりをする。
「でも、よくお祖父ちゃんを部屋に入れる気になったわね」
真由美ちゃんの言葉に、私は首をかしげる。
「どうして? 家族だよ」
「年頃なんだから、普通は家族でも部屋に入るのは嫌がるものよ。特に、異性である父親や祖父だとなおさらね」
「そうなの? よく分からないな」
そういう私を真由美ちゃんと音子ちゃんは、何か温かいものでも見るような目で眺めているけど、どうしたのかしら。
「まあ、加奈はそれが良いところだから、分からないままでもいいわよ」
「それじゃあ、どんなモンスターがいるかは分からないわけか」
そう言う音子ちゃんの声は少しつまらなそうだった。
「何? 音子ちゃんもダンジョンに興味があるの?」
「まあ、少しはね」
いや少しじゃないだろという声は、心の中にしまっておくことにした。
「あっ、そういえばダンジョンからウサギみたいなのが飛び出してきたよ」
「それって、普通のウサギじゃなくてモンスターなの?」
「振り回していたらぐてっとなって死んじゃったんだけど、その時に経験値が入ったからモンスターで間違いないよ」
その言葉を聞いて、どよめく周囲の男子たち。
音子ちゃんが男子を威嚇しているけれど、音子ちゃんも大概だからね。
「ウサギを振り回すって、いやまあいいわ。それじゃあ、もうステータスも見えるようになったのかしら?」
音子ちゃんの言った言葉の意味が分からず、私は質問を返す。
「ステータスって何?」
「ステータスってのは、能力を数値で表したものよ。とりあえず、心の中で『ステータスオープン』といってごらんなさい」
「もしかしなくても、音子ちゃんてダンジョンマニアなの?」
「余計なことは言わなくてもいいの」
そう答えながらも、音子ちゃんの耳は赤くなっていた。やはり図星だったみたい。
「はーい、ステータスオープン」
「声に出さなくても良いって言ってるでしょう」
私の声に反応して、A4横サイズくらいの半透明な画面が空中に現れる。
それを見てクラスのみんながどよめく。
「何々、筋力8、体力11、敏捷10、レベル1……」
私の言葉を音子ちゃんが慌てて遮る。
「ステータスを口に出しちゃ駄目よ。他の人に聞かれるでしょう」
「聞かれたら何か問題なの?」
真由美ちゃんが私の代わりに質問してくれた。
「何が問題かって改めて聞かれると答えにくいけど……そう、スリーサイズを大声で話しているようなものなのよ」
「そうなの? でもスリーサイズは書いてないよ」
ステータスを確かめながら私はそう呟く。
「比喩よ比喩。とにかく大声で話すのはやめておきなさい」
私はよく分からないけれども、音子ちゃんの意見に従うことにする。
「はーい」
私たち3人は顔を寄せ合って、小声で話し合う。
「それで、ステータスを出したけど、ステータスの数値ってどういう意味なの?」
私の質問に音子ちゃんが生き生きと解説を加える。
「筋力は文字通り力の強さね、体力はスタミナや病気への抵抗力、敏捷は体の動きの素早さを示しているのよ。ちなみに成人の平均が10だそうよ」
「加奈の場合は、女性だから筋力が低めでスタミナよりのステータスね」
「そういう情報ってどこから調べてくるの?」
私は頭に浮かんだ疑問を音子ちゃんに尋ねる。
「ネットよ、ネット」
「これから、何をすればいいの? これで終わり?」
私はステータスを出しても、何をすればいいのかわからなかったので音子ちゃんにアドバイスを求める。
「ステータスポイントは余ってる?」
「2ポイントあるけどこれは何?」
「ネットの情報によると、それを使ってステータスを上げると、身体能力が向上するらしいわよ」
「ふむふむ」
私はよくわからないままに相槌を打っておく。
「とりあえず、一番低い筋力でも上げておけばいいんじゃないかしら」
「筋力って言葉が不安だな。何か、筋肉ムキムキになりそうで嫌だよ」
「それならば、敏捷ね」
「あれ、10から11にしただけでステータスポイントがなくなった」
ステータスを操作していた私は、その結果を音子ちゃんたちに報告する。
「ああ、10以上に上げるときは2以上のポイントが必要らしいわよ。これもネット情報ね。どうする、やっぱり筋力にする?」
「嫌。敏捷にするわ」
「これで何か変わったのかな?」
「まあ、ネットの情報によると心持ち能力が上昇する……気がしないでもない程度らしいから、多大な期待はしない方がいいみたいよ」
「なんだかなあ……。これと、私の私服とじゃ釣り合いが取れないみたい」
「そんなものよ」
「そ、それでね、加奈、お願いがあるんだけれど……」
急にもじもじとし始めた音子ちゃんが、そんな話をし始めた。
「まあ、だいたい想像はつくけど。ダンジョンに潜りたいんだよね」
「うん、さすが親友ね。言葉に出さなくてもわかるなんて!」
ぱっと顔を輝かせ嬉しそうに音子ちゃんが答える。
私はそんな音子ちゃんの様子に苦笑しながら答える。
「いや、音子ちゃんの様子を見ていたら誰でも気づくと思うよ」
「それでいつなら大丈夫?」
「私が潜るのは週末かな。あっ、でも土曜日は私服を買いに行かなければならないから、日曜日なら大丈夫だと思う」
「分かったわ。日曜日ね。よろしくお願いするわ」
「真由美ちゃんも行く?」
真由美ちゃんは苦笑しながら答える。
「私は遠慮して置くわ。あ、でも珍しいトカゲや蛇がいたら教えてくれるかしら。その時は私もお邪魔するから」
「トカゲや蛇か……。分かった見かけたら報告するね」